2024.06.28(金) |
マスカット様の香りを特徴とする芋焼酎の
原料用さつまいも新品種「霧N8-2」、芋焼酎
原料の安定生産に貢献(農研機構と霧島酒造)
|
---|
農研機構と霧島酒造(株)は、芋焼酎の原料用品種「霧N8-1」の農業特性を向上させた新品種「霧N8-2」(旧系統名:九州204号)を育成した。「霧N8-2」を原料とした焼酎は、マスカット様の香りを主体とする、フルーティーな香味となり、「霧N8-1」製の焼酎よりも香り成分を多く含む。また、「霧N8-2」は「霧N8-1」よりもでん粉歩留が高く多収であり、サツマイモ基腐病に対して抵抗性があることから、原料の安定生産にも寄与する。
<概要>
焼酎原料用さつまいもの主力品種「コガネセンガン」を原料とした芋焼酎は、いもの風味や独特の甘味といった酒質が高く評価され、絶大の人気を博している。その一方で焼酎の香味に対する消費者ニーズは多様化してきており、市場では「コガネセンガン」とは異なる香味を備えた焼酎も求められている。紫肉のサツマイモを原料としたワインやヨーグルト様の香りのする焼酎、橙肉のサツマイモを原料としたトロピカルフルーツ的な香りのする焼酎など、特徴的な香味を有する焼酎は新たな需要の開拓に貢献している。
そこで、農研機構と霧島酒造(株)は、霧島酒造株式会社が独自開発したマスカット様の香りを特徴とする焼酎の原料用品種「霧N8-1」の酒質特徴を有しながら、収量性やでん粉歩留1)などの農業特性や醸造特性を向上させた品種の開発に取り組んだ。
今回、農研機構と霧島酒造(株)が共同開発した新品種「霧N8-2」を原料とすると、「霧N8-1」の焼酎と類似したリナロール2)を主体とするピュアなマスカット様の香りがする、フルーティーな香味の焼酎ができる。
また、香り成分であるモノテルペンアルコール類3)が「霧N8-1」の焼酎よりも多く含まれているため、マスカット様の香りがより強く感じられる。さらに「霧N8-2」のでん粉歩留は「霧N8-1」よりも高く、酸敗4)のリスクが低いため、冬季以外でも焼酎を造ることができる。また「霧N8-2」は「霧N8-1」よりも多収で、外観品質が優れ、サツマイモ基腐病5)に対して「霧N8-1」と同等の"やや強"の抵抗性があるなど、農業適性にも優れているため、原料の安定生産にも寄与する。

予算:資金提供型共同研究「特徴的な酒質となる焼酎原料用カンショ系統の開発」2019年4月~2024年3月
品種登録出願番号:「第36872号」(2023年5月11日出願、2023年10月5日出願公表)
お問い合わせ先は研究推進責任者:農研機構 九州沖縄農業研究センター所長 澁谷美紀
研究担当者:同 暖地畑作物野菜研究領域 小林晃・川田ゆかり
霧島酒造(株) 伊川秀治・前田玲以弥・藤田剛嗣・中村優・大西
真人
広報担当者:農研機構 九州沖縄農業研究センター 研究推進室 広報チーム長
緒方靖大
<詳細情報>
新品種育成の背景と研究の経緯
芋焼酎に対する消費者のニーズや嗜好の多様化により、主力品種「コガネセンガン」とは異なる香味を有する焼酎への需要が高まっている。霧島酒造(株)は独自に開発した品種「霧N8-1」を原料にして、マスカット様の香りを主体とするフルーティーな焼酎を開発した。しかし「霧N8-1」は、「コガネセンガン」に比べて収量やでん粉歩留が低いなど、原料の安定生産において課題があった。そこで、農研機構と霧島酒造(株)は「霧N8-1」の酒質特徴を生かした上で、さらに農業特性および醸造特性が優れた新品種の開発を行った。
新品種「霧N8-2」の特徴
1「霧N8-2」は、マスカット様の香りを主体とするフルーティーな香味の芋焼酎が醸造可能な「霧N8-1」を母、インドネシアの在来種「90IDN-47」を父とする交配によってできた品種。
2いもは"楕円形"で、皮色の主な色は"赤"、肉色は"黄白"で、「霧N8-1」よりも外観品質が優れている( 図1)。
3いもの収量は「コガネセンガン」よりは劣るが「霧N8-1」よりも多収(図2)。でん粉歩留は「霧N8-1」よりも5~7ポイント程度高く、でん粉収量は「霧N8-1」よりも優れている。
4「コガネセンガン」よりもサツマイモ基腐病に強く、抵抗性は「霧N8-1」並みの"やや強"、 サツマイモネコブセンチュウ 6)抵抗性は"やや強~強"だ。 ミナミネグサレセンチュウ 7)抵抗性は"弱"であるため、「コガネセンガン」と同様のセンチュウ防除対策が必要(表1)。
5「霧N8-2」は「霧N8-1」よりも 二次もろみアルコール度数 8)が高く、醸造適性が優れる(表2)。「霧N8-2」の焼酎はフルーティーな酒質で、「霧N8-1」の焼酎と類似したリナロールを主体とするピュアなマスカット様の香りが特徴だ。微量香気成分であるモノテルペンアルコール類は「霧N8-1」製の焼酎よりも多く含まれており、香りが高い特徴がある(表2)。
6「霧N8-2」の焼酎の利き酒では「マスカット、柑橘系、フルーティー、霧N8-1とほぼ同じ酒質で高強度」とコメントされている。
図2「霧N8-2」、「霧N8-1」、「コガネセンガン」の育成地(宮崎県都城市)および現地ほ場(宮崎県都城市)における収量性の比較(2022年)

図2「霧N8-2」「霧N8-1」「コガネセンガン」の育成地(宮崎県都城市)および現地ほ場(宮崎県都城市)における収量性の比較(2022年)
A:上いも(50g以上のいも)収量およびでん粉歩留、B:でん粉収量


品種の名前の由来
「霧N8-2」は「霧N8-1」と類似した酒質特性を有しつつ、「霧N8-1」の農業特性を向上させた品種であることから、「霧N8-2」と命名した。
今後の予定•期待
「霧N8-2」は、南九州での普及を見込んでいる。農研機構では、焼酎の市場を活性化させるため、今後もこのような個性ある品種の開発を続けていく。
原種苗入手先に関するお問い合わせ
本品種の使用権利は、霧島酒造(株)に属している。[ 霧島酒造]お問い合わせフォーム:https://www.kirishima.co.jp/customer/contact/
用語の解説
でん粉歩留:生いもに含まれているでん粉の重量割合のこと。
リナロール:モノテルペンアルコール類の一種で、香りの評価として「花様」「柑橘的」「果実香」などと表される。
モノテルペンアルコール類:花や果実などの香りを形成する成分で、焼酎ではリナロール、α‐テルピネオール、シトロネロール、ネロール、ゲラニオールの5成分が主要な香気成分。
酸敗:もろみの酸度が高くなり、焼酎の香りや味わいが落ちてしまうこと。
サツマイモ基腐病:土中に存在する糸状菌の一種、Diaporthe destruens(ディアポルテ・デストルエンス)によって引き起こされるサツマイモの病気。地際の茎が黒変し、次第に落葉して萎凋、枯死する。発病株のいもは褐色~暗褐色に腐敗する。
サツマイモネコブセンチュウ:多くの作物の根に寄生し、根こぶを作って作物から栄養を摂取する線虫(細長い糸状の見た目をした線形動物)。卵や体長約0.4 mmの幼虫の状態で土中に生息している。感染した作物の根の健全な(正常な)成長を妨げること等により収量や品質を低下させる。
ミナミネグサレセンチュウ:多くの作物の根に寄生する有害線虫。サツマイモではいもの表面に褐色の斑点を生じ、被害が進行すると融合して大きな病斑となり、品質及び収量を低下させる。二次もろみアルコール度数:二次もろみに含まれるアルコール分のこと。米麹に水と酵母を加えて発酵させ一次もろみを造る。一次もろみに蒸したサツマイモと水を加えて発酵させると二次もろみができあがり、それを蒸留させたものが芋焼酎になる。
研究担当者の声
九州沖縄農業研究センター 暖地畑作物野菜研究領域 小林 晃
焼酎といえば「コガネセンガン」。「コガネセンガン」は1966年に育成された品種ですが、そのブランド力は絶大で、育成から60年近く経った現在でも、焼酎原料用品種の絶対王者として君臨しています。
一方で消費者ニーズや嗜好の多様化により、近年は「コガネセンガン」焼酎とは異なる香味をもつ焼酎の人気も高まっています。今回、農研機構と霧島酒造株式会社が共同開発した「霧N8-2」は、そうしたニーズに応えることができる品種です。サツマイモの場合、新しい品種を開発するまでに通常8-10年ほどの年月がかかりますが、「霧N8-2」は5年という画期的なスピードで開発に成功しました。
これは農研機構と霧島酒造(株)がそれぞれ得意とするフィールドでの力をフルに発揮して品種開発に取り組んだ結果です。生産者が安心してサツマイモ栽培に取り組めるように、「コガネセンガン」よりも病気や環境ストレスに強いレギュラー焼酎向けの品種育成を進める一方で、焼酎市場の活性化に少しでも貢献できるよう、10年、20年先の市場の動向を予測して、尖った品種の開発も続けていきたいと思います。