2024.05.07(火)

信州松本の林業会社が提案する山の恵み。里山の自然農法で
作られたお米から「日本酒 山端」を開発した、木こりたちの
想いと奮闘記(柳沢林業)

   長野県松本市の(株)柳沢林業が2024年の新酒「山瑞 SANZUI」を発売した。「山瑞 SANZUI」は、女鳥羽川水系がせせらぐ山あいの田んぼでの酒米づくりに始まり、同じ水系の湧水を使う酒蔵•善哉酒造の杜氏とともに酒を仕込むまでの物語が詰まったこだわりの酒。全ては「山の恵みを生かしきる」ため―。

なぜ林業会社が日本酒をつくるのか
   柳沢林業は昭和39年の創業以来、信州松本の地で林業を営んでいる。現在は「山の恵みを生かしきる新林業会社」を企業理念に、祖業である林業をはじめ、農業や木材加工、薪・ストーブの販売、キャンプ場運営や自然体験アクティビティ創出などの事業を展開している。そんな林業会社がなぜ日本酒をつくるに至ったのか、こだわりの酒「山瑞」の開発秘話、そして日本酒づくりを通して見据える未来とは―。代表取締役社長である原薫と、農業事業部長である田島政樹に聞いた。

   そもそも林業会社が農業分野にも事業を拡げているのはなぜでしょう。
  原 ―ご縁があって度々講演をする機会がありますが、森林の大切さについては多くの方から共感いただいています。一方で、適切な手入れをして森林を守る役割を担っている林業が置かれた状況は、決して恵まれたものとは言えません。一次産業の共通課題である「需要が高くても原料価格が上がらない」という問題を、林業界も抱えています。
   日々危険の多い林業作業で木と向き合い、いただく命の重みを知っている私たちは、その価値に見合わない金額で木材が買われ消費されていくことに、もどかしい思いを募らせていました。消費者として木材を購入•利用することも林業を応援するひとつの方法ですが、一般的にその場面は、家を建てる時に限られます。余程のこだわりがないと、建材は安いものを選択してしまうのはやむを得ないことです。
   森林の大切さを理解し林業を応援したい気持ちを持ってくださる方は、沢山いらっしゃるのにその方法があまりに少ないと感じました。そこで考えたのが「山の恵みとしての農業」でした。木を売ることの難しさを感じていたこと、人々の「食」への意識が高まってきたこともあって、山の恵みを「木」ではなく「食べ物」として提供してみてはどうかと思い至りました。

   「山の恵みとしての農業」というのは、具体的にどんなものでしょうか。
  原 ―当たり前すぎて気づきにくいことですが、ここ信州の澄んだ空気と美味しい水は、健全な山からもたらされています。豊かな水があることで稲作をはじめとした農業が可能となり、里山の美しい風景や多様な生態系が守られ、里山の治水機能が保持されていく。逆に、石油製品の登場以前は、堆肥用の落ち葉や資材・炭薪材の調達のため、日常的に山の手入れを行って来たという歴史もあります。
   当社には馬搬や馬耕に活躍するヤマトというばんえい競馬出身の大きな馬がいますが、元来、里山での馬の重要な役割は、この堆肥用の落ち葉や資材・炭薪材を山から運び出すことにありました。山の手入れで出る枝葉や草、ヤマトの馬糞も上質な堆肥になります。そんな「古くから伝わる循環型の里山農業」をヒントに得た農業です。
   水源の地である山を整えて、その恵みである水と豊かな土壌を活かした農業をしていくことが、林業会社である私たちだからこそできることだと考えました。とは言え、まずは自分たちが山の恵みの大切さを実感するべく、自家用の農産物をつくる小さい農業から始めていきました。

   はじめは自分たちが食べるもの、食べたいものをつくることからはじまった農業ですが、そこから日本酒づくりを始めるきっかけになる出来事があったのですか?
  原 ―5年前、現在の農業事業部長である田島を迎え、本格的に農業事業を始動しました。米づくりも合鴨農法から自然農法へと遍歴を辿りつつ、商品として販売を開始します。そんな折、社員の紹介で杜氏さんと出会ったことが、日本酒づくりの道が拓かれるきっかけでした。
   私たちの田んぼと同じ水系の湧水を仕込みに使用している酒蔵、善哉酒造にて、初めて試飲したお酒に使われていた酒米が「山恵錦」。長野県で開発されたこのお米は、「山の恵みとしての農業」を始めた自分たちこそつくるべきものでは、と感じました。ご縁のある農家さんが酒米をつくられていたこともあり、早速情報収集を開始して、酒米づくりに挑みました。
 
   毎年トラブルの連続だった酒づくり、多くの課題に悩み奮闘する日々。未知の分野である酒づくりに挑戦した1年目、たくさんの苦労があったことと思います。
  田島 1年目は本当に分からないことばかりでした。仕込みに入る日程は決まっていたのですがそこまでのスケジュールもギリギリ。トラブルも多発しました。精米加工会社に酒米を持ち込むその日に籾摺りをしておかなければいけないことを知らされ、急いで籾摺りをしてくれる工場を探したり。今度は検査をしないと山恵錦の名前を使えないと知らされ、検査所を探し持ち込むと袋が違うと言われ急いで袋を注文したことも…。ようやく精米かと思ったら既に予約でいっぱいと言われ、急遽別の精米加工所をあたってなんとか精米に至るまで漕ぎ着けました。
   それでも杜氏さんとともに仕込みにも関わり、自分たちのつくった米から日本酒が出来上がった時の感動は忘れられません。2年目以降は出来ることや知識が増えていきましたが、まだまだ毎年たくさんの課題にぶち当たります。そのたびに善哉酒造をはじめたくさんの方々に支えてもらい、山瑞が出来上がっています。

   低温長期熟成法で仕込んだ特別な純米酒が完成、「いただいた命をすべて活かしきりたい」の思いを実現。「山瑞」は1年目は純米吟醸酒でしたが、2年目以降は純米酒です。そこには何か意図があったのでしょうか。
  田島 2年目に田んぼを変えたことや米づくりの方法を模索しているなかで、天候の影響も受けてお米の収量が激減してしまいました。一度はもうその年の酒づくりは諦めようかとも思いましたが、どうしても諦めきれず、善哉酒造の穂高社長に相談し、何度も何度も打ち合わせを重ねました。そんな窮地で浮かび上がってきた想いは、やはり「いただいた命をすべて活かしきりたい」ということ。精米歩合を上げれば上げるほどに手塩にかけた米が小さくなることも気になっていました。
   「限られた量の酒米で、より美味しく、酒をつくるには…」。そうして導き出された方法が、精米歩合を変えて吟醸酒から純米酒にしながらも、吟醸と同じ低温長期熟成法で仕込むことだったのです。出来上がった「山瑞」は、これまで抱いていた純米酒のイメージを覆す味わいでした。単にお酒のカテゴリーとしての純米酒ではなく、こだわりを持って育てたお米を最大限活かすことの出来た、特別な純米酒が完成した瞬間でした。
   たくさんの人の手が関わる山瑞というお酒。試行錯誤を繰り返したこだわりの米づくりにも注目したいです。
  田島 山瑞の酒米は、標高900mの山あいの田んぼでつくっています。2年目は本当に苦労のあった山の田んぼでの米づくりですが、山の清らかで養分豊富な水が真っ先に流れ込むこの土地は、まさに山の恵みをダイレクトに受ける環境だと思います。だからこそ、そこに棲むたくさんの生物と共存し、自然の力を活かした米づくりがしたいと、農薬も、肥料も一切使わずに米を育てています。
   そしてこの豊かな土を重機で踏み固めてしまわないよう、馬のヤマトと協力して田を耕し、土づくりにも力を注いできました。夏には抜いても抜いてもぐんぐんと伸びてくる雑草との闘いが課題ですが、これには社員総出で取りかかり、手で草取りをしています。仕事の現場が離れてしまってなかなか一緒に作業することのないメンバーと、こういった機会に結束して挑めるのも、山瑞があるからこそです。
   収穫期にも山の仕事の合間に集まって稲刈りをしたりと、山瑞には本当に多くの「手」と「想い」が関わっています。収穫後の稲は伝統的な天日干し方法である「はざかけ」で、ゆっくりと乾燥させていますが、この時間がその年の山の味わいや、たくさんの想いを凝縮していくように感じます。

   今年の「山瑞」は、昨年とは酒米の品種も味わいも違います。それでも「山瑞」という名前は変わりませんでした。「山瑞」とはいったい何なのでしょう。
  田島 精米歩合が変わっても、お米が変わっても、「山瑞」にとってそこは重要な要素ではないと考えています。私たちが日々向き合っている木は、そこから動くことなく、気候や環境の変化をも受け入れて全力で生きている。私たちもこの地に根ざして、その年その時の持ちうる条件のなかで、最善と思われる酒づくりをしていきたい、山の恵みを活かしきっていきたい。
   毎年同じように思える山も、気候条件や土壌の状態などの様々な要因から、常に変わり続けています。米づくり、酒づくりに関わる人の心も、置かれている状況も、うつり変わっていくものです。そういったものすべてを「テロワール」ととらえ、テロワールに根ざした酒として、山や木こりたちに想いを馳せながら楽しんでいただきたいのです。「その年の山の恵みを表現した酒」これが「山瑞」です。
※テロワール…ワイン用語でブドウの生育地の地理、地勢、気候による特徴を指す。

   今年の「山瑞」は、ロゴマークもラベルデザインも一新されました。ラベルには馬のヤマトも居ますね。このデザインにはどんな想いが込められているのでしょう。
  田島 ラベルには、私たちの仕事に関わるものや、日常のなかにあるものを描いていただきました。ロゴマークのモチーフとなっているのは、「ゲンゴロウ」です。絶滅危惧種を指すレッドリストにも載っているゲンゴロウですが、昔ながらの稲作が盛んだった頃にはどこの田んぼでもよく見られました。私たちの田んぼでは、今でもゲンゴロウが気持ちよさそうに泳いでいます。
   他にも、昨今あまり見かけなくなってしまった生き物たちがのびのびと暮らすこの山の田んぼは、お金では決して計ることのできない価値を持っていると思っています。ここに暮らすすべての生き物に支えられて米が育っていることを忘れずに、ひとつひとつの命に感謝し、ひとつひとつの工程を誠実に行うことを心がけています。そんな想いを表現していただきました。

   山から始まる命のリレーを未来に伝えていくために「山瑞」を通して実現したいこと。4年目を迎えた酒づくりですが、今後はどんな展望をイメージしていますか。
  田島 私たちは「山瑞」を単なる日本酒としては捉えていません。山から始まる命のリレーが流れる水を通してみんな繋がっていること。それを知ってもらうための表現の一つであると思っています。
   これからも「山瑞」を通して、それを多くの方に伝えていきたいですし、国内に限らず、海外にも共感してくれる方が沢山いらっしゃるのではないでしょうか。木こりたちはあまり声を高らかに語ることが少ないですが、心にはとても熱く大きい想いを持っています。「山瑞」の味わいがそれを雄弁に語ってくれると信じています。

   最後に「山瑞」を通して実現していきたいことを聞かせて下さい。
  原 ―私たちはあくまで「林業会社」です。日本酒を売ることが目的ではありません。森林の大切さを感じてくださる方に、林業を応援するアクションの一つとして「山瑞」を選んでいただくことを目指しています。味の好みはあっても、「これが山の恵みだ」という味を一度は味わっていただきたいですし、大切な方への贈り物として、こだわりと愛を持ってつくりあげた「山瑞」を選んでいただければ嬉しいです。
   急峻な地形や多雨である日本において、山の田んぼは治水や国土保全の大切な役割を果たしています。これは山を守ることだけでなく、街への自然災害の被害を小さくすることにも寄与します。松本は湧き水の街としても有名ですが、それが絶えず得られるのは、山に多様性豊かな森林が存在すればこそ。海まで続いていく水の流れの一番上流を守っている私たちは、その先の水の流れにも責任を持ちたいと考えています。
   現在はここ松本でも、高齢化に伴って里山の耕作放棄地が増えていますが、地元の方々との関わり合いのなかで、森林だけでなく、農地も合わせて手を入れていくことが求められていると感じています。風景としての美しさだけでなく、暮らしを守る機能を備えた里山を、次の世代に引き継いでいくことも私たちの大切な使命です。
   「山瑞」を通して山の本当の価値を伝えたいですし、山から離れた場所に暮らしている方にも、水という山からの恵みで繋がっていることを感じていただきたい。多様な生態系に恵まれたこの豊かな国に暮らしていることに、みんなが誇りを感じられるような未来を目指します。

■会社概要
社名:株式会社柳沢林業
代表取締役:原 薫
創業:昭和39年4月2日
設立:平成24年6月1日
本社事務所所在地:〒390-0313 長野県松本市岡田下岡田774-1
電話:0263-87-5361
公式サイト:https://yanagisawa-ringyo.jp/
■商品情報
商品名:純米酒 山瑞 SANZUI
アルコール分:18度
原材米:長野県松本市産 しらかば錦100%
精米歩合:65%
日本酒度:-6
酸度:2.2
   器にそそいだ瞬間から瑞々しく華やかな香りが立ちのぼり、口に広がる力強い味わいは豊かな大地を思わせます。爽やかな酸味が風のように吹きぬけ、余韻を残しつつキレのある後味が印象的な一本。
【山瑞特設ページ】 https://yanagisawa-ringyo.jp/sanzui
【オンラインショップ】 https://somaichi.stores.jp/