2023.04.03(月) |
高CO
2環境でイネを増収させる「コシヒカリ」
由来の遺伝子を発見、気候変動下での持続可能な
稲作に貢献(国際農研)
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ポイント
・イネの穂数を増加させる新規遺伝子MP3(MORE PANICLES 3)を「コシヒカリ」から初めて同定
・本遺伝子を導入したインディカイネ 1)は高CO 2条件下で元品種より多収となることを確認
・大気中のCO
国際農研、農研機構、名古屋大学、横浜市立大学、理化学研究所、明治大学、かずさDNA研究所の共同研究グループは、稲穂の基となる 腋芽 2)の生長を促し、穂数の増加に働く遺伝子MP3を「コシヒカリ」から同定した。MP3の遺伝子配列(遺伝子型)はイネの品種ごとに異なり、「コシヒカリ」に代表される日本イネの一部は、インディカイネと呼ばれる海外の品種には見られない穂数を増やす遺伝子型であることが分かッた。
日本の多収品種「タカナリ」は、インディカ型のMP3を持つことから「コシヒカリ」型のMP3と入れ替えたイネを開発したところ、穂数が20~30%増加した。さらに将来予想される高CO 2条件を再現した水田試験において、開発したイネは「タカナリ」に比べて6%増収することを明らかにした。世界的な気候変動が進行する中で、持続可能な作物生産を実現するための技術開発が喫緊の課題となっている。MP3はその技術の1つとして、将来の高CO 2環境でのイネの安定生産に貢献することが期待される。
本研究の成果は、国際科学専門誌「The Plant Journal」オンライン版(日本時間2023年3月28日)に掲載された。
<関連情報>
本研究は農林水産省委託プロジェクト「次世代ゲノム基盤プロジェクト」、同「気候変動に対応した循環型食料生産等の確立のためのプロジェクト」、科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)の連携事業である地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「肥沃度センシング技術と養分欠乏耐性系統の開発を統合したアフリカ稲作における養分利用効率の飛躍的向上」(JPMJSA1608)、JST戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「ROOTomicsを利用した環境レジリエント作物の創出」(JPMJCR17O1)、科研費(20H02972, 16H06464, 16H06466, 21H04728)の支援を受けて行われた。
<発表論文>
論文著者
Takai, T., Taniguchi, Y., Takahashi, M., Nagasaki, H., Yamamoto, E., Hirose, S., Hara, N., Akashi, H., Ito, J., Arai-Sanoh, Y., Hori, K., Fukuoka, S., Sakai, H., Tokida, T., Usui, Y., Nakamura, H., Kawamura, K., Asai, H., Ishizaki, T., Maruyama, K., Mochida, K., Kobayashi, N., Kondo, M., Tsuji, H., Tsujimoto, Y., Hasegawa, T., Uga, Y.
論文タイトル
MORE PANICLES 3, a natural allele of OsTB1/FC1, impacts rice yield in paddy fields at elevated CO 2 levels
雑誌
The Plant Journal
DOI: https://doi.org/10.1111/tpj.16143(link is external)
<お問い合わせ先など>
国際農研(茨城県つくば市) 小山修理事長
研究推進責任者:国際農研 プログラムディレクター 中島一雄
研究担当者:国際農研 生産環境•畜産領域 髙井俊之
国際農研 生産環境•畜産領域 辻本泰弘
広報担当者:国際農研 情報広報室長 大森圭祐
プレス用 e-mail:koho-jircas@ml.affrc.go.jp(link sends email)
農研機構
研究担当者:農研機構 農業環境研究部門 長谷川利拡
農研機構 作物研究部門 谷口洋二郎
農研機構 作物研究部門 宇賀優作
広報担当者:農研機構 農業環境研究部門 杉山恵
プレス用 e-mail:niaes_kouhou@ml.affrc.go.jp(link sends email)
農研機構 作物研究部門 宮尾安藝雄
プレス用 e-mail:www-nics@naro.affrc.go.jp(link sends email)
東海国立大学機構 名古屋大学生物機能開発利用研究センター 横浜市立大学木原生物学研究所兼任研究担当者:辻寛之
広報担当:東海国立大学機構 名古屋大学広報室
e-mail:nu_research@adm.nagoya-u.ac.jp(link sends email)
広報担当者:横浜市立大学 広報課長 上村一太郎
e-mail:koho@yokohama-cu.ac.jp(link sends email)
理化学研究所
研究担当者:環境資源科学研究センター 持田恵一
広報担当:広報室 報道担当
e-mail:ex-press@ml.riken.jp(link sends email)
明治大学
研究担当者:大学院農学研究科 山本英司
広報担当者:経営企画部広報課 深味彩加
e-mail:koho@mics.meiji.ac.jp(link sends email)
かずさDNA研究所
研究担当者:植物DNA解析グループ 長崎英樹
広報担当者:広報•研究推進グループ 平岡桐子
科学技術振興機構
事業担当:国際部
e-mail:global@jst.go.jp(link sends email)
広報担当:広報課
e-mail:jstkoho@jst.go.jp(link sends email)
国際協力機構
担当:経済開発部 農業•農村開発第二グループ
e-mail:edga2@jica.go.jp(link sends email)
開発の社会的背景
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書によると、温室効果ガスの1つである大気中の二酸化炭素(CO 2)濃度は、今世紀末に430~1,000ppmに達し、地球の平均気温は1.0~5.7℃上昇すると予測されている。気温の上昇は、地域によって作物の生産性を大幅に低下させ、世界の食料安全保障を脅かす恐れがある。
一方で、大気中のCO 2濃度の上昇は、植物の光合成を促進させる正の効果を持つため、こうした効果を最大限に活用することで、気候変動下での安定的な作物生産に繋げられる可能性がありCO 2濃度上昇に適した作物開発が求められている。
研究の経緯
世界人口の半数以上が主食とするイネの草型(くさがた)は、穂を多く生産することで収量を確保する「穂数型」と、穂は多くないものの、1つの穂に多くの籾を生産させることで収量を確保する「穂重型」に大きく分類される。
例えば半世紀以上前に育成され、今もなお作付面積が全国1位の「コシヒカリ」は穂数型の品種だ。一方で、国内でトップレベルの収量性を持つ「タカナリ」などの多収品種では、穂重型が多く育成されてきた。
この穂重型に関わる遺伝子は、近年の ゲノム研究 3)の進歩によって特定されてきたが、穂数型に関わる遺伝子は未特定でした。穂重型品種の一穂籾数(ひとほもみすう)をこれ以上増やすことは難しいが、穂数を増やすことで総籾数をさらに増加させたイネを育成する余地はある。そして、植物の光合成の促進が期待される将来の高CO 2環境では、増加させた籾を十分に実らせ、生産性を高められる可能性がある。
そこで、大気CO 2の上昇を伴う気候変動に適したイネの開発を目標として、穂重型の一穂籾数を維持しながら、穂数を増加させる研究に取り組んだ。国際農研と農研機構は研究総括を、横浜市立大学と理化学研究所は遺伝子機能解析を、明治大学とかずさDNA研究所はゲノム解析を担当した。
研究の内容•意義
1.マップベースクローニング 4)という手法により、「コシヒカリ」の第3染色体上にあり、穂数を増加させる遺伝子MP3を同定した。この遺伝子はOsTB1/FC1という既知遺伝子のこれまでに報告されていない遺伝子型でした。OsTB1/FC1は穂の基となる腋芽で働き、腋芽の伸長を抑制する役割を担っているが、「コシヒカリ」が持つMP3の遺伝子型は、インディカイネが持つ遺伝子型よりも、その抑制の程度が緩やかであることが分かった。その結果、コシヒカリ型MP3の腋芽伸長は、生育初期から促され、穂数が増加することが分かった(図1)。
2.日本の多収品種「タカナリ」が持つMP3の遺伝子型は、腋芽伸長の抑制程度が強いインディカ型MP3であることから、コシヒカリ型に入れ替えた「MP3置換タカナリ」を育成したところ、一穂籾数は「タカナリ」に比べて殆ど減少することなく穂数が20~30%増加し、総籾数が20%増加した(図2)。
3.コシヒカリ型MP3の働きにより、総籾数を増加させた「MP3置換タカナリ」の高CO 2濃度での反応を評価するために、大気CO 2濃度を現在よりも約200ppm高い約580ppmに増加させた水田環境( FACE 5)で栽培した結果、同系統は「タカナリ」に比べて、玄米収量がヘクタールあたり8.1トンから8.6トンと約6%多収となることが分かった(図3)。一方で通常のCO 2環境では、両者の収量に明確な差は見られませんでした。
今後の予定•期待
今回同定した「コシヒカリ」由来の遺伝子MP3を穂重型品種に導入することにより、穂重型の一穂籾数と穂数型の穂数を併せ持ち、大気CO 2上昇を伴う気候変動に適した新しい草型の多収イネを開発することが可能となった。MP3はイネの栽培化やインディカイネの育種過程で、これまで利用されていないことも確認されており、国内だけでなく、インディカイネが広く栽培されている世界の諸地域においても今後の活用が期待できる。
また、穂数増加に寄与するMP3は、腋芽の伸長が著しく抑制されるリン欠乏条件でのイネの生産性向上にも貢献する可能性が示されている。このことからサブサハラアフリカなど、肥料や土壌からのリン供給が乏しい地域でのイネの生産性向上にもMP3の活用が期待できる。
用語の解説
1)インディカイネ
イネ(アジアイネ;Oryza sativa)は、大きくインディカ、ジャポニカの2つの亜種に分類される。インディカは高温多湿な地域での栽培に適しており、インド•東南アジア•中国南部などが主な産地だ。ジャポニカは比較的寒冷な気候に強く、日本、朝鮮半島、中国北部などで主に栽培されている。
2)腋芽
葉の付け根にできる芽のこと。
3)ゲノム研究
ヒトや生物の遺伝情報の全体であるDNAの塩基配列を解読し、生命現象の理解や医療、農業、その他の応用研究を発展させることを目指す研究分野のことだ。
4)マップベースクローニング
イネの品種間には、DNAの塩基配列に少しずつ違いがある。この違いを目印(マーカー)とすることで、各イネの遺伝子型を決定できる。そして、研究対象とする形質(ここでは穂数)と遺伝子型を比較することで、遺伝子の候補領域を絞り込んでいくことができる。この手法をマップベースクローニングと言う。
5)FACE
Free-Air CO 2 Enrichmentの略。FACE実験は屋外のフィールドに正八角形の区画を設け、その周縁部から風向きに応じてCO 2 を放出することで、区画内のCO 2 濃度を外気よりも約200ppm高く制御できる。図1. インディカ型
図1.インディカ型とコシヒカリ型MP3の腋芽伸長の様子
コシヒカリ型MP3を持つ品種は、幼苗の段階で腋芽の伸長がインディカ型MP3よりも旺盛であることが分かる(図中○印)。
図2.MP3置換による穂数と一穂籾数の変化
MP3は12本あるイネの染色体の3番目にある。コシヒカリ型MP3を交配により「タカナリ」が持つインディカ型MP3と入れ替えると、一穂籾数は殆ど減少することなく穂数が増加することが分かる。
(A)イネの染色体イメージ図、 (B)各イネの一株当たりの穂数の写真、(C)各イネの一穂の写真。
図3.高CO 2環境でのMP3による増収効果
(A)水田の一部を正八角形のリングで覆い、リングに繋いだチューブからCO 2を放出することで、外気よりも約200ppm(390ppm→580ppm)CO 2濃度を高くした水田環境(FACE)だ。実験場所は茨城県つくばみらい市。
(B)通常CO 2区とFACE区で栽培した収量の比較。FACE区で「MP3置換タカナリ」が「タカナリ」よりも約6%多収となることが分かる。
・本遺伝子を導入したインディカイネ 1)は高CO 2条件下で元品種より多収となることを確認
・大気中のCO
国際農研、農研機構、名古屋大学、横浜市立大学、理化学研究所、明治大学、かずさDNA研究所の共同研究グループは、稲穂の基となる 腋芽 2)の生長を促し、穂数の増加に働く遺伝子MP3を「コシヒカリ」から同定した。MP3の遺伝子配列(遺伝子型)はイネの品種ごとに異なり、「コシヒカリ」に代表される日本イネの一部は、インディカイネと呼ばれる海外の品種には見られない穂数を増やす遺伝子型であることが分かッた。
日本の多収品種「タカナリ」は、インディカ型のMP3を持つことから「コシヒカリ」型のMP3と入れ替えたイネを開発したところ、穂数が20~30%増加した。さらに将来予想される高CO 2条件を再現した水田試験において、開発したイネは「タカナリ」に比べて6%増収することを明らかにした。世界的な気候変動が進行する中で、持続可能な作物生産を実現するための技術開発が喫緊の課題となっている。MP3はその技術の1つとして、将来の高CO 2環境でのイネの安定生産に貢献することが期待される。
本研究の成果は、国際科学専門誌「The Plant Journal」オンライン版(日本時間2023年3月28日)に掲載された。
<関連情報>
本研究は農林水産省委託プロジェクト「次世代ゲノム基盤プロジェクト」、同「気候変動に対応した循環型食料生産等の確立のためのプロジェクト」、科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)の連携事業である地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「肥沃度センシング技術と養分欠乏耐性系統の開発を統合したアフリカ稲作における養分利用効率の飛躍的向上」(JPMJSA1608)、JST戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「ROOTomicsを利用した環境レジリエント作物の創出」(JPMJCR17O1)、科研費(20H02972, 16H06464, 16H06466, 21H04728)の支援を受けて行われた。
<発表論文>
論文著者
Takai, T., Taniguchi, Y., Takahashi, M., Nagasaki, H., Yamamoto, E., Hirose, S., Hara, N., Akashi, H., Ito, J., Arai-Sanoh, Y., Hori, K., Fukuoka, S., Sakai, H., Tokida, T., Usui, Y., Nakamura, H., Kawamura, K., Asai, H., Ishizaki, T., Maruyama, K., Mochida, K., Kobayashi, N., Kondo, M., Tsuji, H., Tsujimoto, Y., Hasegawa, T., Uga, Y.
論文タイトル
MORE PANICLES 3, a natural allele of OsTB1/FC1, impacts rice yield in paddy fields at elevated CO 2 levels
雑誌
The Plant Journal
DOI: https://doi.org/10.1111/tpj.16143(link is external)
<お問い合わせ先など>
国際農研(茨城県つくば市) 小山修理事長
研究推進責任者:国際農研 プログラムディレクター 中島一雄
研究担当者:国際農研 生産環境•畜産領域 髙井俊之
国際農研 生産環境•畜産領域 辻本泰弘
広報担当者:国際農研 情報広報室長 大森圭祐
プレス用 e-mail:koho-jircas@ml.affrc.go.jp(link sends email)
農研機構
研究担当者:農研機構 農業環境研究部門 長谷川利拡
農研機構 作物研究部門 谷口洋二郎
農研機構 作物研究部門 宇賀優作
広報担当者:農研機構 農業環境研究部門 杉山恵
プレス用 e-mail:niaes_kouhou@ml.affrc.go.jp(link sends email)
農研機構 作物研究部門 宮尾安藝雄
プレス用 e-mail:www-nics@naro.affrc.go.jp(link sends email)
東海国立大学機構 名古屋大学生物機能開発利用研究センター 横浜市立大学木原生物学研究所兼任研究担当者:辻寛之
広報担当:東海国立大学機構 名古屋大学広報室
e-mail:nu_research@adm.nagoya-u.ac.jp(link sends email)
広報担当者:横浜市立大学 広報課長 上村一太郎
e-mail:koho@yokohama-cu.ac.jp(link sends email)
理化学研究所
研究担当者:環境資源科学研究センター 持田恵一
広報担当:広報室 報道担当
e-mail:ex-press@ml.riken.jp(link sends email)
明治大学
研究担当者:大学院農学研究科 山本英司
広報担当者:経営企画部広報課 深味彩加
e-mail:koho@mics.meiji.ac.jp(link sends email)
かずさDNA研究所
研究担当者:植物DNA解析グループ 長崎英樹
広報担当者:広報•研究推進グループ 平岡桐子
科学技術振興機構
事業担当:国際部
e-mail:global@jst.go.jp(link sends email)
広報担当:広報課
e-mail:jstkoho@jst.go.jp(link sends email)
国際協力機構
担当:経済開発部 農業•農村開発第二グループ
e-mail:edga2@jica.go.jp(link sends email)
開発の社会的背景
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書によると、温室効果ガスの1つである大気中の二酸化炭素(CO 2)濃度は、今世紀末に430~1,000ppmに達し、地球の平均気温は1.0~5.7℃上昇すると予測されている。気温の上昇は、地域によって作物の生産性を大幅に低下させ、世界の食料安全保障を脅かす恐れがある。
一方で、大気中のCO 2濃度の上昇は、植物の光合成を促進させる正の効果を持つため、こうした効果を最大限に活用することで、気候変動下での安定的な作物生産に繋げられる可能性がありCO 2濃度上昇に適した作物開発が求められている。
研究の経緯
世界人口の半数以上が主食とするイネの草型(くさがた)は、穂を多く生産することで収量を確保する「穂数型」と、穂は多くないものの、1つの穂に多くの籾を生産させることで収量を確保する「穂重型」に大きく分類される。
例えば半世紀以上前に育成され、今もなお作付面積が全国1位の「コシヒカリ」は穂数型の品種だ。一方で、国内でトップレベルの収量性を持つ「タカナリ」などの多収品種では、穂重型が多く育成されてきた。
この穂重型に関わる遺伝子は、近年の ゲノム研究 3)の進歩によって特定されてきたが、穂数型に関わる遺伝子は未特定でした。穂重型品種の一穂籾数(ひとほもみすう)をこれ以上増やすことは難しいが、穂数を増やすことで総籾数をさらに増加させたイネを育成する余地はある。そして、植物の光合成の促進が期待される将来の高CO 2環境では、増加させた籾を十分に実らせ、生産性を高められる可能性がある。
そこで、大気CO 2の上昇を伴う気候変動に適したイネの開発を目標として、穂重型の一穂籾数を維持しながら、穂数を増加させる研究に取り組んだ。国際農研と農研機構は研究総括を、横浜市立大学と理化学研究所は遺伝子機能解析を、明治大学とかずさDNA研究所はゲノム解析を担当した。
研究の内容•意義
1.マップベースクローニング 4)という手法により、「コシヒカリ」の第3染色体上にあり、穂数を増加させる遺伝子MP3を同定した。この遺伝子はOsTB1/FC1という既知遺伝子のこれまでに報告されていない遺伝子型でした。OsTB1/FC1は穂の基となる腋芽で働き、腋芽の伸長を抑制する役割を担っているが、「コシヒカリ」が持つMP3の遺伝子型は、インディカイネが持つ遺伝子型よりも、その抑制の程度が緩やかであることが分かった。その結果、コシヒカリ型MP3の腋芽伸長は、生育初期から促され、穂数が増加することが分かった(図1)。
2.日本の多収品種「タカナリ」が持つMP3の遺伝子型は、腋芽伸長の抑制程度が強いインディカ型MP3であることから、コシヒカリ型に入れ替えた「MP3置換タカナリ」を育成したところ、一穂籾数は「タカナリ」に比べて殆ど減少することなく穂数が20~30%増加し、総籾数が20%増加した(図2)。
3.コシヒカリ型MP3の働きにより、総籾数を増加させた「MP3置換タカナリ」の高CO 2濃度での反応を評価するために、大気CO 2濃度を現在よりも約200ppm高い約580ppmに増加させた水田環境( FACE 5)で栽培した結果、同系統は「タカナリ」に比べて、玄米収量がヘクタールあたり8.1トンから8.6トンと約6%多収となることが分かった(図3)。一方で通常のCO 2環境では、両者の収量に明確な差は見られませんでした。
今後の予定•期待
今回同定した「コシヒカリ」由来の遺伝子MP3を穂重型品種に導入することにより、穂重型の一穂籾数と穂数型の穂数を併せ持ち、大気CO 2上昇を伴う気候変動に適した新しい草型の多収イネを開発することが可能となった。MP3はイネの栽培化やインディカイネの育種過程で、これまで利用されていないことも確認されており、国内だけでなく、インディカイネが広く栽培されている世界の諸地域においても今後の活用が期待できる。
また、穂数増加に寄与するMP3は、腋芽の伸長が著しく抑制されるリン欠乏条件でのイネの生産性向上にも貢献する可能性が示されている。このことからサブサハラアフリカなど、肥料や土壌からのリン供給が乏しい地域でのイネの生産性向上にもMP3の活用が期待できる。
用語の解説
1)インディカイネ
イネ(アジアイネ;Oryza sativa)は、大きくインディカ、ジャポニカの2つの亜種に分類される。インディカは高温多湿な地域での栽培に適しており、インド•東南アジア•中国南部などが主な産地だ。ジャポニカは比較的寒冷な気候に強く、日本、朝鮮半島、中国北部などで主に栽培されている。
2)腋芽
葉の付け根にできる芽のこと。
3)ゲノム研究
ヒトや生物の遺伝情報の全体であるDNAの塩基配列を解読し、生命現象の理解や医療、農業、その他の応用研究を発展させることを目指す研究分野のことだ。
4)マップベースクローニング
イネの品種間には、DNAの塩基配列に少しずつ違いがある。この違いを目印(マーカー)とすることで、各イネの遺伝子型を決定できる。そして、研究対象とする形質(ここでは穂数)と遺伝子型を比較することで、遺伝子の候補領域を絞り込んでいくことができる。この手法をマップベースクローニングと言う。
5)FACE
Free-Air CO 2 Enrichmentの略。FACE実験は屋外のフィールドに正八角形の区画を設け、その周縁部から風向きに応じてCO 2 を放出することで、区画内のCO 2 濃度を外気よりも約200ppm高く制御できる。図1. インディカ型
図1.インディカ型とコシヒカリ型MP3の腋芽伸長の様子
コシヒカリ型MP3を持つ品種は、幼苗の段階で腋芽の伸長がインディカ型MP3よりも旺盛であることが分かる(図中○印)。
図2.MP3置換による穂数と一穂籾数の変化
MP3は12本あるイネの染色体の3番目にある。コシヒカリ型MP3を交配により「タカナリ」が持つインディカ型MP3と入れ替えると、一穂籾数は殆ど減少することなく穂数が増加することが分かる。
(A)イネの染色体イメージ図、 (B)各イネの一株当たりの穂数の写真、(C)各イネの一穂の写真。
図3.高CO 2環境でのMP3による増収効果
(A)水田の一部を正八角形のリングで覆い、リングに繋いだチューブからCO 2を放出することで、外気よりも約200ppm(390ppm→580ppm)CO 2濃度を高くした水田環境(FACE)だ。実験場所は茨城県つくばみらい市。
(B)通常CO 2区とFACE区で栽培した収量の比較。FACE区で「MP3置換タカナリ」が「タカナリ」よりも約6%多収となることが分かる。