2023.02.13(月)

(研究成果)イチゴのジャストインタイム生産に向けた収穫日の
精密予測•制御技術を開発、需要に合わせた収穫時期の調整に
より安定出荷に寄与(農研機構)

   農研機構は、作物生産における ジャストインタイム生産 1)の実現に向け、市場規模の大きな施設野菜の一つであるイチゴの収穫日を高精度に予測し制御する技術を開発し、 人工気象室 2)内で検証した。この新技術は生産者が作物の需要動向を踏まえて、収穫時期を正確かつ精密に調整し、計画的な出荷を可能とする次世代の農業生産の基盤になる。今後、人工気象室で得られた収穫時期調整技術をハウス等の生産現場において実証し、イチゴ農家の所得向上効果を検証する。
   イチゴは我が国で大きな市場規模を誇り、日本産イチゴは国内外で幅広く親しまれる人気の作物だ。イチゴは年間を通じて一定の需要があるが、販売方法や販売先によって需要の高まる時期は様々だ。そのため収穫時期を正確かつ精密に調整し、需要期に合わせることができれば、生産•食品ロスの削減、安定的なサプライチェーンの構築による持続可能な農業の推進に寄与できる。
   これまでイチゴの生産では、生育情報と天候•環境データを組み合わせて、出荷時期を予測する技術の開発が多く行われてきた。しかしながらこれらの取り組みは、得られた天候予報データを基に予測するため、収穫日が実際の天候に左右され、需要期に適切に対応した出荷の実現には問題があった。
   農研機構では、収穫時期を需要期に合わせることが可能な収穫時期調整システム(ジャストインタイム(JIT)生産システム)の開発を、センシング、予測モデル、制御技術を組み合わせた ロボティクスの考え方 3)に基づいて進めている。
   今回、高精度な収穫日の予測モデルを構築し、果実発育期間の制御により収穫ピークを目標日に対し誤差±1日で制御できることを、過去のハウス環境を再現した人工気象室での実験で確認した。このJIT生産システムを導入することで、これまでは天候により影響を受けていた出荷日を、生産者が市場の需要変動を見極め、目的とした出荷日に果実の収穫日を合わせることができるようになる。
   イチゴJIT生産システムは現在、実際のハウスへの適用に向けて予測精度の検証を進めている。2023年度以降はさらにその検証を進め、JIT生産システムを広く普及し、イチゴ生産安定化やイチゴ農家の所得向上への貢献を目指す。
<関連情報>
予算:運営費交付金
問い合わせ先など
研究推進責任者 : 農研機構 基盤技術研究本部農業ロボティクス研究センターセンター長 中川潤一
                        同 野菜花き研究部門所長 松元哲
                        同 九州沖縄農業研究センター所長 森田敏
研究担当者 : 農研機構基盤技術研究本部農業ロボティクス研究センター施設ロボティクスユニット研究員 内藤裕貴、上級研究員 河崎靖、ユニット長 太田智彦
                 同 野菜花き研究部門研究推進部部長 東出忠桐
                 同 九州沖縄農業研究センター暖地畑作物野菜研究領域施設野菜グループ主任研究員
                 日高功太
広報担当:同 基盤技術研究本部研究推進室渉外チーム 東城僚
           
<詳細情報>
開発の社会的背景と研究の経緯
   イチゴは生食用、洋菓子や和菓子等の製菓やジャムなど、幅広い用途で使われ、非常に人気のある作物だ。2021年のイチゴの年間卸売価額は1691億円であり(農林水産省青果物卸売市場調査)、トマトやキュウリと並んで卸売市場規模の大きな野菜の一つ。イチゴは年間を通じて一定の需要があるが、需要が高まる時期は販売方法や販売先によって異なる。
   例えば市場出荷ではクリスマス•年末年始の需要により、12月中旬から1月上旬にかけて高値で取引される。特にクリスマスケーキ用途の業務用需要が高まる12月の需要週(12/18~12/24)は、前週(12/11~12/17)に比べ卸売数量は1.37倍(平均46.5t/日→63.7t/日)、販売単価は1.47倍(1,750円/kg→2,567円/kg)に増加する(農林水産省 青果物卸売市場調査 東京都中央卸売市場•栃木県産いちご2013~2021年平均値)。
   また、地域の直売所ではバレンタインデーや卒業シーズン等の慶事に、贈答用の高級イチゴの販売量が増加する。このように一口にイチゴといっても、加工用か生食用か、業務用か贈答用かといった販売方法や販売先によって需要が高まる時期は多様だ。こうした需要に対応できる生産•出荷体制の構築は経営上重要だ。
   これまでのイチゴ生産においても収穫時期を調整する技術はあったが、天候の影響もあり、予測精度があまりよくなかった。また、生育情報と天候•環境データを利用して、出荷日の予測をする技術の開発も進められているが、これも天候が影響するため、目的とする需要期に収穫量を十分に確保する市場に則した経営を行うことが困難であった。生産者にとって、目的とする収穫日が能動的かつ精密に設定できることは、有利な条件で契約が結べる機会の増加につながる。
   このため農研機構では、収穫時期を需要期に合わせることが可能な収穫時期調整システム(ジャストインタイム(JIT)生産システム)の開発を、ロボティクスの考え方に基づいて進めている( 図1)。イチゴのJIT生産システムを導入することで、これまで天候に影響されていたイチゴの収穫日を、目的とする出荷日に精密に合わせることができ、生産者主導で出荷日を調整できるようになる。今回は人工気象室でJIT生産システムの実効性を、実証したことを報告する。
<研究の内容•意義>
JIT生産システムの概要
   現在開発中のイチゴJIT生産システムは、需要動向を踏まえて高精度で収穫時期を調整し、計画的な出荷を行う生産技術だ。JIT生産システムは、ロボティクスの考え方に基づく3つの要素技術(生育センシング、収穫日予測モデル、収穫日制御技術)を組み合わせることで、収穫時期の調整を実現する( 図1)。
要素技術① : 生育センシングシステム
   本技術は既に開発したセンシングシステムを利用し、収穫日予測に必要な開花日と果実温度を画像から自動計測している。
要素技術② : 収穫日予測モデル
   今回、開発した収穫日予測モデルは、開花から収穫までの期間を複数のステージに分割して細かく予測する( 図2)。従来の方法では開花から収穫までの日数を単一の式(例. 積算温度600°C日)で予測していたが、果実の発育ステージで温度の影響が異なるという知見が反映されておらず、実際の収穫日と予測日が解離する問題があった。本モデルではステージごとに最適な式で予測することで、収穫約1か月前の開花時点から収穫日を予測できることを人工気象室で確認した。更に本モデルと前述の果実温度計測技術により、日射等の影響で温度等の偏りが大きいハウス内における収穫日の高精度予測が期待される。
要素技術③ : 収穫日制御技術
   上記の収穫日予測モデルにより、開花以降のハウス内気温を調節することで、収穫日の制御が可能。従来は精密な温度管理による収穫日制御は行われていないか、あるいは生産者が経験的に温度を制御していた。今回開発した収穫日制御技術は、開発した予測モデルで推定した調査果の収穫日から、ハウス全体の日別収穫果数を予測する。そして、気温制御値と収穫果数を網羅的にシミュレーションし、収穫ピークが目標出荷日に近接するように、モデルが自動で気温制御値を決定する( 図3)。
2. ロボティクス人工気象室における収穫ピーク制御試験について
   開発したJIT生産システムによるイチゴの収穫ピーク制御試験を、ロボティクス人工気象室(農研機構プレスリリース ロボティクス人工気象室の構築と運用開始)で実施した。人工気象室でイチゴを栽培し( 図4)、 頂果房 4)の収穫ピークを、クリスマス需要の高まる目標日に対し誤差±1日で制御できることを確認した( 図5)。
   試験では、農研機構植物工場九州実証拠点における2019年11月~1月の気象を再現した。目標出荷日より収穫ピークが1週間早くなる( 図5a)、又は収穫ピークが1週間遅くなる( 図5b)開花状況の2試験区に対して、目標出荷日3週間前から週2回の頻度でシミュレーションを行い、収穫ピークが目標出荷日に近づくよう、モデルが自動決定した気温制御値に更新した。試験の結果、3週間前から制御して、最大1週間程度ずれると見込まれた収穫ピークを補正した。これにより従来では±約1週間幅で制御していた収穫ピークを、前述したように目標日に対し誤差±1日で合わせることに成功した。この収穫ピーク制御を利用することで、クリスマス等の高需要期に一時的に出荷量を増やすことが期待される。
<今後の予定・期待>
   現在、開発中のイチゴJIT生産システムは、農業用ビニールハウスなど人工気象室外でも実行可能か検証を進めている。2023年度以降、試行アプリの開発や導入支援マニュアル等の整備を行い更なる検証を進め、所得向上効果を確認した上でJIT生産システムの普及を目指す。本技術の検証協力および共同研究、システムの市販化に協力可能な生産者、公設試験機関(都道府県等)、JA、民間企業、大学等を幅広く募集している。
<用語の解説>
ジャストインタイム生産(適時生産)
   「必要なものを、必要なときに、必要な数だけ作る」という発想(JIT, just in time)で製品を生産することを指す。農業界においては、一例として農産物を工業製品のように安定・均質に生産するシステムが挙げられる。これは生育•品質センシングとAIによる施設環境制御で、高品質かつ均質な作物の計画生産•調製•出荷を実現し、省力化、生産性向上とともに、農産物の高付加価値化を実現し得る発想である。
<人工気象室>
   人工的に気象条件(温度、湿度、日射、二酸化炭素濃度、風など)を再現あるいは模擬できる装置のこと。農業分野では作物の環境応答の解析に利用される。農研機構が開発したロボティクス人工気象室では、分単位で気象データを制御することが可能であり、過去のハウス気象など任意の環境を精密に再現できる。
<ロボティクスの考え方>
   ロボティクスの元々の意味は、ロボットの設計•製作•制御を行う「ロボット工学」であるが、近年ではロボットに関する科学技術全般の意味で用いられる。ロボティクスの考え方において、人間に代わり人間の行動を再現できる機械(またはシステム)は、3つの要素技術(センシング、予測モデル、制御技術)を組み合わせることで実現する。具体的にはIoTやカメラ等のセンサーによりさまざまな情報を収集し(センシング)、その情報をAIで処理してシステムの状態を予測し(予測モデル)、システムが目標を達成できるように最適な動作を決定する(制御技術)。このロボティクスの考え方が、産業分野だけでなく、農業や医療、介護等、様々な分野で導入が進められている。
<頂果房>
   イチゴの定植後、最初に開花する果房のこと。イチゴの作型の一つである促成栽培では、頂果房およびその後に続く果房(腋果房<えきかぼう>)を連続的に開花させ収穫することで、11月~5月前後の約半年間、果実を収穫する。本試験では人工気象室で過去のハウス環境を再現し、頂果房の収穫ピークを、12月のクリスマス需要期に制御する試験を実施した。
<参考図>

図1 イチゴJIT生産システムの概要

図2 開発した収穫日予測モデル

3 開発した収穫日制御技術

4 人工気象室で栽培したイチゴ

5 クリスマス需要期に収穫ピークを合わせた試験結果