2021.01.19(火)

早生のウルチ性六条裸麦品種「ハルアカネ」

「イチバンボシ」「トヨノカゼ」より多収で

高品質、高収益が期待できる

   農研機構は、多収のウルチ性六条裸麦 1)品種「ハルアカネ」を育成した。「イチバンボシ」「トヨノカゼ」より約2割多収で(育成地平均)、精麦白度 2)が高く高品質であるため、収益性の向上が見込まれる。穂が長く、健康機能性成分のβ-グルカン 3)含量が、従来のウルチ性品種より多いという特徴もある。
   農研機構西日本農業研究センターで育成した「ハルアカネ」は、現在の裸麦の主力品種である「イチバンボシ」や「トヨノカゼ」と比べ、育成地平均で約2割多収のウルチ性六条裸麦新品種で、麦味噌や麦ごはん用の精麦原料に適す。
  「ハルアカネ」は、「イチバンボシ」と同程度の早生種で、草姿の外観では従来の六条裸麦品種よりも穂が長い特徴がある。収穫物は千粒重が大きい、β-グルカン含量が高い、精麦白度が高く砕粒率 4)が低いという特徴がある。精麦白度が高く砕粒率が低く高品質であり、さらに多収であるため、収益性の向上が期待できる。
   六条裸麦を約700ha作付けしている大分県で、「トヨノカゼ」の後継品種として奨励品種(認定品種)に採用された。また、現在「イチバンボシ」を主力品種としている裸麦の生産県でも有望視しており、今後は広域での普及•作付け拡大が期待される。
<関連情報>
予算:農研機構 運営費交付金
品種登録出願番号:34236号(令和元年10月17日出願、令和2年1月23日出願公表)
<問い合わせ先>
研究推進責任者:農研機構西日本農業研究センター所長 熊谷亨
研究担当者: 同 畑作園芸研究領域主席研究員 吉岡藤治
広報担当者: 同 地域戦略部研究推進室広報チーム長 菅本清春
 
<詳細情報>
開発の社会的背景・経緯
   裸麦は需要に対して生産量が少ない状態が続いており、実需者からは基幹品種である「イチバンボシ」と同等以上の品質で、より多収な品種が求められていた。また、大分県などで作付けされている「トヨノカゼ」は倒伏に弱いなど栽培性が劣り、収量性が不安定であり、安定供給可能な品種への転換が求められていた。そこで農研機構では、これらの品種に替わり得る早生で高位安定多収の六条裸麦品種の育成を図ってきた。
新品種「ハルアカネ」の特徴
来歴
  「ハルアカネ」は、大粒で高白度の「四R系2252」を母親、早生で多収の「四国裸99号」を父親として交配して、派生系統育種法 5)により早生・多収・高品質の系統を選抜して育成した(図1)。
栽培上の特徴と留意点および栽培適地
1.播性 6)程度は"V"で、出穂期は「イチバンボシ」と同程度で、成熟期は1日早い早生種(表1)。
2.「イチバンボシ」より稈長はやや長く、穂数は同程度~やや少なく、穂長が1cm程度長い特徴
    がある(図1)。耐倒伏性は「イチバンボシ」「トヨノカゼ」並~以上(表1)。
3.育成地における平均収量(子実重)は「イチバンボシ」「トヨノカゼ」より約2割多収(表2)。
4.オオムギ縞萎縮病 7)に強く、穂発芽 8)性は"難"だが、うどんこ病 9)•赤かび病 10)抵抗性は"中"と強くはないので、適期防除を行う必要がある(表1)。
5.関東以西の温暖地での栽培に適している。
収穫物および精麦品質の特徴
1.千粒重が大きく、容積重は「イチバンボシ」「トヨノカゼ」よりやや低い。
2.硝子率 11)は48.2%と「イチバンボシ」よりやや低い。
3.β-グルカン含量は「イチバンボシ」「トヨノカゼ」より多く、このため穀粒硬度 12)が高く、60%歩留搗精時間 13)が長く、砕粒率は低い(表2)。
4.精麦白度が47.3%と高く優れる(表2)。
品種の名前の由来
   麦秋を迎えた春の夕暮れ、鮮やかな茜色の空に包まれて麦が穂を伸ばす穏やかな様子に、豊かな実りを願って「ハルアカネ」(春茜)と名付けた。
今後の予定•期待
   大分県では「トヨノカゼ」の後継品種として「ハルアカネ」が2020(令和2)年12月に奨励品種(認定品種)に採用された。2024(令和6)年産で全面転換して、約750haに作付拡大することが計画されている。この他に「イチバンボシ」の各産地でも「ハルアカネ」は有望視されており、さらに広域で作付面積が拡大することが期待される。
原種苗入手先に関するお問い合わせ
 農研機構西日本農業研究センター 地域戦略部 研究推進室 知的財産チーム(電話084-923-4107 FAX084-923-5215)
利用許諾契約に関するお問い合わせ
   農研機構本部 知的財産部 知的財産課 種苗チーム(電話029-838-7390 FAX029-838-8905)2) 精麦白度:

<用語の解説>
1)六条裸麦 : 大麦には穂の形態によって六条大麦と二条大麦に区分される。穂を上から見て6粒ずつ着粒しているのが六条大麦、2粒ずつ着粒しているのが二条大麦。また、大麦には穀皮穀粒に貼り付いていて脱穀しても穀皮が剥がれない「皮麦」と、脱穀すると穀皮が容易に外れる「裸麦(はだか麦)」がある。
 
2) 精麦白度:大麦は搗精(とうせい:穀粒の外側を削ること)加工して精麦にして、麦ごはん•麦焼酎•麦味噌の原料にする。特に麦ごはん(押麦•米粒麦•丸麦など)用の原料には色が白い精麦が望まれ、その指標となるのが精麦白度だ。
3) β-グルカン:穀類のβ-グルカンは(1-3),(1-4)-β-D-グルカンで、グルコース(ぶどう糖)が直鎖上に繋がった構造をしている。水溶性食物繊維であり、大麦では胚乳の細胞壁を構成する多糖であるため、搗精加工して精麦にすると含有率がより高くなる。大麦β-グルカンの健康機能性として、血中コレステロールの低減、食後血糖値の上昇抑制、便秘改善、内臓脂肪の低減、腸内細菌叢(腸内フローラ)の改善などが報告されている。欧米などでは、1日当たり3グラムの摂取で効果があるとする健康強調表示(ヘルスクレーム)が認められている。日本でも大麦のβ-グルカンを関与成分とする機能性表示食品が市販されている。
4) 砕粒率:搗精加工する際に穀粒が砕けて綺麗な精麦にならない細粒が生じる。搗精後の精麦の内、このような細粒の重量比率(%)が「砕粒率」で、低い方が望ましい。
5) 派生系統育種法:交配育種法は系統育種法と集団育種法の二つに大別されるが、派生系統育種法は両者を組み合わせた育種法。初期の分離世代では集団養成により世代を進め、F3~F4世代の集団から穂を採種して、次世代で穂別系統(派生系統)として養成•選抜して、以降は系統育種法に準じて選抜していく。
6) 播性(秋播性):麦類には生育の初期に一定期間低温にあうことによって幼穂形成が始まり、その後の長日条件と温度上昇によって出穂•開花する性質がある。この性質を秋播性と言い、I~VIIまでの7段階に分類される。Iは幼穂形成に低温を必要としない春播き型の品種で、VIIに進むにつれて低温を多く必要とする秋播き型の品種になる。
7) オオムギ縞萎縮病:土壌中の原生生物Polymyxa graminisが媒介するウイルス(BaYMV:
 
Barley yellow mosaic virus)による土壌伝染性の難防除病害。罹病すると、早春に葉に黄色のか
すり状のモザイク斑を生じ、葉鞘と節間の伸長抑制による萎縮症状を示して大きな減収に繋がる場合がある。
8) 穂発芽性•穂発芽は収穫時期に降雨が続いた場合に、種子が穂についたまま発芽してしまう現象
  外観では芽が出ていないような程度が軽い場合でも、種子中のアミラーゼ活性が高まることにより、でんぷんが分解される。穂発芽程度が大きいと、搗精加工時に穀粒が砕けて精麦の製品率が低下することが懸念される。また穂発芽した粒を原料として粉利用する場合は、二次加工する際の品質に悪影響を及ぼすと考えられる。
9) うどんこ病:子嚢(のう)菌類による病害で、葉や茎に白い斑点が生じ、この病斑は下葉から次第に上位葉に移る。罹病葉は早く枯れ上がり、激発すると稔実が悪くなり細粒を多く生じ、30%程度の減収になる場合もある。
10) かび病:Fusarium属菌により引き起こされる難防除病害で穂に発生し、収量•品質を低下させることに加え、人畜に有害なかび毒(マイコトキシン)を産生することから、食品安全性の面からも大きな問題となる。六条裸麦では開花期前後の薬剤散布により防除する。
11) 硝子率:穀粒の硝子質程度を示す指標で、穀粒の切断面の硝子質程度から「硝子率(%)=(硝子質粒数+半硝子質粒数×0.5)/供試粒数×100」で算出する。大麦では硝子質粒よりも粉状質粒の方が搗精加工し易く、精麦品質が良いとされる。
12) 穀粒硬度:文字どおり穀粒の"硬さ"のことで、大麦においては一般的に、穀粒硬度が高い(硬い)と一定歩留まり精麦の搗精に要する時間が長くなる。また、β-グルカン含有率が高い大麦は穀粒硬度が高い値になる傾向がある。
13) 搗精(とうせい)時間:大麦を麦ごはん(押麦•米粒麦など)•麦焼酎•麦味噌の原料にする場合は精麦に加工する。穀粒の外側を削っていく加工を「搗精」と言う。一定歩留まり(裸麦は60%、皮麦は55%)の精麦を製造するのに要する時間を「搗精時間」として示す。
 
<参考図>