2024.03.19(火)

作物を病気に強くする遺伝子が害虫の
成長を抑制、作物の新しい病害虫防除
技術の開発に貢献(農研機構•岡山大学)

   農研機構と岡山大学は、イネのBSR1(ビーエスアールワン)遺伝子を強く働かせることにより、病害を防ぐだけでなく、葉を食べる害虫(クサシロキヨトウの幼虫)の成長を抑制することを明らかにした。この発見は作物を病原菌と害虫の両方に強くすることができる新しい病害虫防除技術の開発につながる。
   農作物はさまざまな病原菌が引き起こす病害だけでなく、害虫による養分の吸汁や葉の食害等を受けるる。このような多様な外敵に対して複数の化学農薬(殺菌剤や殺虫剤等)を使用した防除が行われており、化学農薬使用量低減に向けて病原菌と害虫との両方に有効な新しい防除技術が求められている。
   農研機構はこれまでに、イネを病原菌から守る遺伝子(病害抵抗性遺伝子)の探索を他機関と共同で行ってきた。2010年にはイネいもち病菌など4種類の病原菌に対する病害抵抗性遺伝子BSR11)をイネから発見し、その機能について調査を進めてきた。2023年2月には、このBSR1遺伝子を遺伝子組換え技術によりサトウキビ、トマト、トレニアに導入して強く働かせた2)場合でも病原菌に対して抵抗性を示すことを明らかにした。
   今回農研機構と岡山大学は、東京大学、東京理科大学と共同で、BSR1遺伝子を遺伝子組換え技術によりイネで強く働かせると、葉を食べる害虫(クサシロキヨトウ3)の幼虫)に対する抵抗性が高まること、また、そのメカニズムにイネが生産する抗菌性化合物が関わることを明らかにした。たった一つの遺伝子の働きが病原菌や害虫という幅広い外敵に抵抗性を示すことは珍しく、この発見は新しい病害虫防除技術の開発の糸口になると考えられる。
   今後は、BSR1遺伝子の作用メカニズムをさらに詳細に解明するとともに、BSR1遺伝子の働きを強める技術を開発することにより、作物を病原菌と害虫の両方から守る新たな防除法につながると期待されるう。また、幅広い種類の作物がBSR1に似た遺伝子を持っており、将来的にはこれらの作物に応用していくことも展望できる。
   この成果は2023年6月20日に国際誌「International Journal of Molecular Sciences」に掲載された。
<関連情報>
予算 : 科学研究費補助金(20H02953、21H02196、21K05506)
問い合わせ先など
研究推進責任者 : 農研機構 生物機能利用研究部門所長 中島信彦
研究担当者 : 同 作物生長機構研究領域研究員 神田恭和
                  岡山大学 資源植物科学研究所教授 Galis Ivan
      岡山大学 資源植物科学研究所准教授 新屋友規
広報担当者 : 農研機構 生物機能利用研究部門 研究推進室 小川智子
                 岡山大学 総務•企画部 広報課
 
<詳細情報>
開発の社会的背景
   世界的な人口増加に伴って食料需要が増大する中で、病虫害による作物の損失が大きな問題になっている。病虫害は細菌や糸状菌(カビ)といった病原菌や、ウンカやガの幼虫などの害虫等の幅広い外敵によって引き起こされている。これらを防ぐために農薬が広く用いられているが、農薬散布のコストや薬剤耐性•薬剤抵抗性の発達、使用量低減等による環境負荷の低減への対応が課題となっており、農薬に頼らない病害虫防除技術の開発が求められている。
研究の経緯
   農研機構はこれまでに、食料供給の安定化や生産コストの削減、環境負荷の低減を両立することを目指したアプローチとして、作物そのものがもつ病虫害に抵抗する仕組みを強化した病虫害抵抗性作物の開発に向けた研究を進めてきた。
   我々のグループでは、理化学研究所環境資源科学研究センター、岡山県農林水産総合センター生物科学研究所との共同研究で、イネいもち病など4種類の病原菌に対する抵抗性を与える遺伝子BSR1をイネから発見した(農業生物資源研究所(現農研機構)2010年12月6日プレスリリース「広範な植物病原菌に対する抵抗性を付与する遺伝子を発見」https://www.naro.affrc.go.jp/archive/nias/press/20101206/)。
   また農研機構は2023年2月に、岡山県農林水産総合センター生物科学研究所との共同研究で、このBSR1遺伝子を遺伝子組換え技術によりサトウキビ、トマト、トレニアに導入して強く働かせた場合でも病原菌に対して抵抗性を示すことを明らかにした(前田ら2023年2月、International Journal of Molecular Sciences誌)。植物においてBSR1遺伝子は病原菌等の外敵からの防御に重要であると考えられるる。そこで本研究ではこの遺伝子の害虫に対する有効性を調べることにした。
研究の内容•意義
1遺伝子組換え技術によりイネの品種「日本晴」でBSR1遺伝子を通常より強く働かせると、イネ等の作物を食害する害虫クサシロキヨトウの成長が抑制される(抵抗性が増強される)ことを室内実験で明らかにした(図1)。
2BSR1遺伝子を強く働かせたイネが害虫に強くなる仕組みを調べた。植物は害虫の唾液が付着したことを感知して反応(防御応答)する仕組みを持っていることが知られているが、詳細なメカニズムは明らかになっていませんでした。今回初めてイネではBSR1が昆虫の唾液によって誘導される防御応答に関与していることが明らかになった(図2)。
3イネはモミラクトンB4)と呼ばれる抗菌性化合物を生産することが知られているが、BSR1遺伝子を強く働かせたイネでは、モミラクトンBが通常のイネより有意に多く生産されていることが明らかになった(図3A)。このことに注目し、クサシロキヨトウの幼虫にモミラクトンB入りのエサを食べさせる実験を行ったところ、幼虫の成長(体重増加)を抑制することができた(図3B)。
4以上の結果によりBSR1遺伝子が害虫の抵抗性に関与することが示され、一つの遺伝子によって多様な病原菌だけでなく害虫にまで強くなる珍しい防御機構が明らかになった。
今後の予定•期待
   農業生産の現場では今回実験に使用したクサシロキヨトウの他に大きな被害をもたらす害虫が存在しており、それらへの有効性を評価していくことが重要だ。病原菌への抵抗性を調べた以前の研究で、BSR1遺伝子は遺伝子組換え技術により他の作物(サトウキビ、トマト、トレニア)に導入した場合でも働くことがわかっており、これらの作物が同じように害虫に対しても強くなることが期待できる。BSR1遺伝子による病虫害抵抗性がどの種類の害虫に対して有効かをはっきりさせたうえで、病原菌と害虫の両方に強い作物の作出などに利用することが考えられる。
用語の解説
BSR1(Broad-Spectrum Resistance 1)遺伝子
   遺伝子組換え技術によって強く働かせることによって、作物を様々な病原菌に対して強くすることができるイネの遺伝子。タンパク質をリン酸化する酵素をコードしており、イネが病原菌を認識した際の信号伝達や防御応答に関わることがわかっている。
強く働かせる
   ここではBSR1タンパク質を通常よりも多く、かつ恒常的に作らせること(高発現)を表す。具体的には、常に遺伝子を発現させるようなDNA配列(構成的発現プロモーター)とBSR1遺伝子をつなげたものを植物に導入することで、BSR1タンパク質がその植物の全身で常に作られるようになりその働きが増強される。
クサシロキヨトウ
   チョウ目(チョウやガの仲間)ヤガ科ヨトウ亜科に分類される害虫(ヨトウムシ)の一種。幼虫がイネや小麦、トウモロコシなど様々な作物の葉を食べて加害する。日本では近い仲間の害虫アワヨトウと同時に発生することが多いことが知られている。ヨトウムシの仲間は農業生産に被害を与える主要な害虫として知られている。
モミラクトンB
   イネが生産する「ファイトアレキシン」と呼ばれる抗菌性化合物の一種。イネのファイトアレキシンは植物病原菌に対する抗菌性化合物として知られていたが、クサシロキヨトウのようなチョウ目害虫に対する効果はわかっていませんでした。
発表論文
BSR1, a Rice Receptor-like Cytoplasmic Kinase, Positively Regulates Defense Responses to Herbivory


https://doi.org/10.3390/ijms241210395
 
参考図

図1BSR1遺伝子を強く働かせたイネ(BSR1高発現イネ)のヨトウ虫抵抗性

   2種類のBSR1高発現イネまたは通常のイネ(日本晴)をエサとしてクサシロキヨトウの幼虫を育てる実験を行った。BSR1高発現イネをエサとして育てた幼虫では通常と比べて体重の増加が抑制された。

図2 BSR1が害虫(クサシロキヨトウ)に対するイネの防御応答を制御する

   害虫が植物を食べると、植物は傷口に付着した害虫の唾液等に反応して防御応答を起こす。今回の研究で、この防御応答のオン/オフをBSR1が制御していることがわかった(図中の③)。さらに、防御応答がオンになったイネが蓄積するモミラクトンBという化合物が、害虫の体重増加を抑制する効果を示すこともわかった(図中の⑤;詳しくは図3)。

図3 イネ由来の抗菌性化合物モミラクトンBによるヨトウ虫成長抑制効果

   (A)イネの葉に傷をつけてクサシロキヨトウの唾液を塗るという食害を模した処理(疑似食害処理)を行った。通常のイネでのモミラクトンBの蓄積量は検出限界以下だったのに対し、BSR1高発現イネでは有意に多く蓄積していた。なお、この処理をしない場合はほとんど蓄積していませんでした。(B)モミラクトンBをエサに添加して幼虫を育てたところ、通常のエサと比べて幼虫の体重増加が抑制された。