2023.09.05(火) |
世界初!土壌中の根と根粒菌の相互作用を
ライブイメージングする「リゾフレームシステム」を開発
根粒菌の力で持続可能な農業をめざす(農研機構)
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農研機構は、土壌中の植物の根と共生微生物の相互作用をライブイメージングする「Rhizosphere Frame System(リゾフレームシステム)」を開発し、世界で初めて土壌中のマメ科植物の根と
根粒菌
1)が共生関係を築く過程を連続的に観察することに成功した。このシステムを用いてマメ科植物と根粒菌の相互作用の解明が進むことで、化学肥料の使用量低減や温室効果ガスの削減に向けた根粒菌の農業への効率的な利用技術の開発促進につながることが期待される。さらにこのシステムは、他の植物-土壌微生物相互作用研究への応用も期待できる。
根粒菌はダイズなどのマメ科植物の根に住み着いて共生関係を築き、大気中の窒素を固定して宿主植物に窒素栄養を供給したり、温室効果ガスである一酸化二窒素(N 2O)の発生や消去において重要な役割を担っている農業上重要な土壌微生物のひとつだ。
マメ科植物と根粒菌の相互作用(根粒共生)の仕組みを理解し活用することは、化学肥料の使用量低減や農耕地から放出される温室効果ガスの削減など持続可能な農業の実現にとって重要と考えられる。しかし、根は土の中に隠れているため根と根粒菌などの土壌微生物の相互作用の過程をありのままに観察することは困難で、根と微生物の相互作用の仕組みを解明する妨げになっていた。
そこで農研機構は、根を土から掘り起こすことなく観察できる植物栽培装置「Rhizosphere Frame(RhizoFrame,リゾフレーム)」と、蛍光タンパク質を発現する根粒菌を組み合わせ、蛍光顕微鏡を用いて植物の根と根粒菌の相互作用を非破壊で観察できる「Rhizosphere Frame System(リゾフレームシステム)」を開発した。また、このシステムを用いて土の中で根と根粒菌が共生関係を築く過程を世界で初めてリアルタイムで観察することに成功した。
本システムを用いて、土と根と根粒菌の位置情報を保持したまま連続的に共生相互作用を捉えた研究を進めることで、根粒共生への理解が深まり、根粒共生の農業への効率的な利用技術の開発促進につながることが期待される。また、本システムは作物に感染する病原菌の感染過程の解析など他の植物-土壌微生物相互作用研究への応用も期待される。本成果は科学雑誌「Journal of Plant Research」(2023年7月4日)に発表された。
関連情報
予算 : NEDOムーンショット型研究開発事業「資源循環の最適化による農地由来の温室効果ガスの排出削減」(2020年度-2024年度)、科研費若手研究(2022年度-2024年度)
お問い合わせ先など
研究推進責任者:農研機構生物機能利用研究部門所長 中島信彦
研究担当者:同作物生長機構研究領域グループ長 今泉(安楽)温子 研究員 西田帆那
広報担当者 : 同研究推進室 笠嶋めぐみ
<詳細情報>
開発の社会的背景
マメ科植物は根粒共生を利用することで窒素肥料に依存せず生育することが可能だ。また根粒菌の中には温室効果ガスである一酸化二窒素(N 2O)を無害な窒素へと還元する能力を持つものもいる。したがって化学肥料に依存せず、環境に優しい持続可能な農業の実現にむけて、根粒菌の持つ能力の活用が期待されている。
一方で、実験室で高い共生能力が確認できた優良根粒菌(以下、優良菌)を実際のほ場に投入しても、元々ほ場に生息している根粒菌(以下、土着菌)との感染競合に敗れ、期待した共生能力を発揮できないことが問題となっており、優良菌と土着菌の感染能力の違いを解明し、作物への優良菌の感染占有率をあげる技術を開発することが重要と考えられるようになった。
植物の根は土壌中に隠れており、根粒菌の感染は土壌中で起こる。根と根粒菌の相互作用を研究するためには、根を土から掘り起こさなければなりません。しかし、掘り起こすことで根をとりまく土壌空間は破壊されてしまい、根で起きている根粒菌の感染をありのままの状態で比較し観察することは困難でした。
研究の経緯
土壌中の根の観察を可能にするために、土を詰めた装置の観察面に根をほどよく露出させるよう、装置の大きさや植物の栽培方法の検討を重ね、植物栽培装置「Rhizosphere Frame(以下、リゾフレーム)」を開発した。さらに根粒菌の感染を追跡するために、蛍光タンパク質遺伝子を根粒菌の感染能力を損なわないように導入した。リゾフレームと蛍光を発する根粒菌を組み合わせることで、土壌空間を破壊することなく根粒共生のありのままの姿を観察できる「Rhizosphere Frame System(以下、リゾフレームシステム)」が完成した。
研究の内容•意義
1 根粒菌の局在を追跡するため、緑系と赤系の蛍光タンパク質をそれぞれ高発現するダイズ根粒菌(Bradyrhizobium diazoefficiens USDA110)を作出した。また、植物を土から掘り起こすことなく根の様子を観察できる「リゾフレーム」を構築した( 図1)。蛍光根粒菌とリゾフレームを組み合わせた「リゾフレームシステム」を開発し、蛍光顕微鏡を用いて根と根粒菌と土壌粒子の位置情報を維持したまま根粒共生過程を連続的に観察することに世界で初めて成功した( 図2)。
図1「リゾフレーム」
(A)「リゾフレーム」は透明なアクリルでできた薄い箱型の栽培装置。「リゾフレーム」に土をつめて植物を植え、金属のケースにいれて遮光し、アクリル面に根を露出させるよう60度傾けて栽培する。(B)金属ケースを外し、アクリル板越しに根や根粒が成長する様子を土から掘り起こすことなく観察できる。(C)「リゾフレーム」で栽培したダイズの根に形成された根粒。
図2「リゾフレームシステム」を用いた根粒共生の経時観察
「リゾフレームシステム」により、赤色の蛍光タンパク質(DsRed)を発現するダイズ根粒菌が土壌中のダイズの根に感染する様子を追跡観察した。土の中で根粒(矢尻:△)が発達していく様子や、根粒菌(赤色)の根表面への付着や根粒内部への侵入を連続して観察することができた。
2 緑色と赤色の蛍光を発する根粒菌を混合してダイズに接種し、「リゾフレームシステム」で観察することにより、2種類の根粒菌の感染をリアルタイムで追跡観察することができた( 図3)。
図3 2種類の根粒菌の感染動態の観察
赤色(tdTomato)または緑色(ZsGreen)の蛍光タンパク質を発現するダイズ根粒菌を混合してダイズに接種することで、2つの菌が土壌中で競合して植物に感染する様子を観察することができた。矢尻(△)の根粒内部には緑と赤の蛍光が観察され、1つの根粒に2種類の根粒菌が同時に共生していることがわかった。
3 根粒形成に重要な役割を示す植物ホルモンの オーキシン 2)の蓄積に応じて、緑色蛍光タンパク質GFPが発現する ミヤコグサ 3)を「リゾフレームシステム」で観察することにより、根粒菌の感染に呼応して土壌中の根のオーキシン蓄積が変化する様子をリアルタイムに観察する レポーターアッセイ 4)が可能となった( 図4)。
図4 根粒共生中のオーキシン応答の観察
「リゾフレームシステム」を用いてオーキシンに応答してGFPが発現するミヤコグサに赤色の蛍光タンパク質(DsRed)を発現するミヤコグサ根粒菌(Mesorhizobium loti MAFF 303099)を感染させた時の根粒形成過程をリアルタイムで観察した。根粒菌の局在を示す赤い蛍光の付近でオーキシンの蓄積を示す緑の蛍光が観察され、根粒が発達していくのと同時に緑の蛍光が強く現れた。今後の予定•期待
「リゾフレームシステム」によって土壌中の根に感染する根粒菌を追跡観察することができるようになった。今後、本技術を利用して優良菌と土着菌の感染競合を解析することにより優良菌がほ場で感染競合に敗れてしまう理由を解明し、共生能力を効率的に利用するための技術開発に活かしていく予定だ。
用語の解説
根粒菌
ダイズなどのマメ科植物と共生する土壌細菌。マメ科植物は根に根粒と呼ばれるコブ状の器官を形成し、根粒菌がその中に住み着きます(根粒共生)。根粒の中の根粒菌は、大気中の窒素を植物が利用できるアンモニアの形に変換する(窒素固定)。宿主植物は根粒菌が固定した窒素栄養を受け取る代わりに光合成産物を根粒菌に与える。
オーキシン
植物の成長を制御する植物ホルモンのひとつ。根粒菌の感染に応答して根にオーキシンが蓄積することが根粒を形成する上で重要であることが報告されている。
ミヤコグサ
マメ科のモデル植物のひとつ。ダイズにくらべてゲノムサイズが小さく、形質転換が簡単であるなどの理由から根粒共生をはじめとした植物微生物相互作用の研究材料として広く利用されている。
レポーターアッセイ
遺伝子の発現を可視化する方法のひとつ。本研究ではオーキシンの応答性レポーター(オーキシンが存在すると蛍光タンパク質が発現する)ミヤコグサを使用して、オーキシンの蓄積を可視化した。
<発表論文>
Rhizosphere Frame System Enables Nondestructive Live-Imaging of Legume-Rhizobium Interactions in the Soil
根粒菌はダイズなどのマメ科植物の根に住み着いて共生関係を築き、大気中の窒素を固定して宿主植物に窒素栄養を供給したり、温室効果ガスである一酸化二窒素(N 2O)の発生や消去において重要な役割を担っている農業上重要な土壌微生物のひとつだ。
マメ科植物と根粒菌の相互作用(根粒共生)の仕組みを理解し活用することは、化学肥料の使用量低減や農耕地から放出される温室効果ガスの削減など持続可能な農業の実現にとって重要と考えられる。しかし、根は土の中に隠れているため根と根粒菌などの土壌微生物の相互作用の過程をありのままに観察することは困難で、根と微生物の相互作用の仕組みを解明する妨げになっていた。
そこで農研機構は、根を土から掘り起こすことなく観察できる植物栽培装置「Rhizosphere Frame(RhizoFrame,リゾフレーム)」と、蛍光タンパク質を発現する根粒菌を組み合わせ、蛍光顕微鏡を用いて植物の根と根粒菌の相互作用を非破壊で観察できる「Rhizosphere Frame System(リゾフレームシステム)」を開発した。また、このシステムを用いて土の中で根と根粒菌が共生関係を築く過程を世界で初めてリアルタイムで観察することに成功した。
本システムを用いて、土と根と根粒菌の位置情報を保持したまま連続的に共生相互作用を捉えた研究を進めることで、根粒共生への理解が深まり、根粒共生の農業への効率的な利用技術の開発促進につながることが期待される。また、本システムは作物に感染する病原菌の感染過程の解析など他の植物-土壌微生物相互作用研究への応用も期待される。本成果は科学雑誌「Journal of Plant Research」(2023年7月4日)に発表された。
関連情報
予算 : NEDOムーンショット型研究開発事業「資源循環の最適化による農地由来の温室効果ガスの排出削減」(2020年度-2024年度)、科研費若手研究(2022年度-2024年度)
お問い合わせ先など
研究推進責任者:農研機構生物機能利用研究部門所長 中島信彦
研究担当者:同作物生長機構研究領域グループ長 今泉(安楽)温子 研究員 西田帆那
広報担当者 : 同研究推進室 笠嶋めぐみ
<詳細情報>
開発の社会的背景
マメ科植物は根粒共生を利用することで窒素肥料に依存せず生育することが可能だ。また根粒菌の中には温室効果ガスである一酸化二窒素(N 2O)を無害な窒素へと還元する能力を持つものもいる。したがって化学肥料に依存せず、環境に優しい持続可能な農業の実現にむけて、根粒菌の持つ能力の活用が期待されている。
一方で、実験室で高い共生能力が確認できた優良根粒菌(以下、優良菌)を実際のほ場に投入しても、元々ほ場に生息している根粒菌(以下、土着菌)との感染競合に敗れ、期待した共生能力を発揮できないことが問題となっており、優良菌と土着菌の感染能力の違いを解明し、作物への優良菌の感染占有率をあげる技術を開発することが重要と考えられるようになった。
植物の根は土壌中に隠れており、根粒菌の感染は土壌中で起こる。根と根粒菌の相互作用を研究するためには、根を土から掘り起こさなければなりません。しかし、掘り起こすことで根をとりまく土壌空間は破壊されてしまい、根で起きている根粒菌の感染をありのままの状態で比較し観察することは困難でした。
研究の経緯
土壌中の根の観察を可能にするために、土を詰めた装置の観察面に根をほどよく露出させるよう、装置の大きさや植物の栽培方法の検討を重ね、植物栽培装置「Rhizosphere Frame(以下、リゾフレーム)」を開発した。さらに根粒菌の感染を追跡するために、蛍光タンパク質遺伝子を根粒菌の感染能力を損なわないように導入した。リゾフレームと蛍光を発する根粒菌を組み合わせることで、土壌空間を破壊することなく根粒共生のありのままの姿を観察できる「Rhizosphere Frame System(以下、リゾフレームシステム)」が完成した。
研究の内容•意義
1 根粒菌の局在を追跡するため、緑系と赤系の蛍光タンパク質をそれぞれ高発現するダイズ根粒菌(Bradyrhizobium diazoefficiens USDA110)を作出した。また、植物を土から掘り起こすことなく根の様子を観察できる「リゾフレーム」を構築した( 図1)。蛍光根粒菌とリゾフレームを組み合わせた「リゾフレームシステム」を開発し、蛍光顕微鏡を用いて根と根粒菌と土壌粒子の位置情報を維持したまま根粒共生過程を連続的に観察することに世界で初めて成功した( 図2)。
図1「リゾフレーム」
(A)「リゾフレーム」は透明なアクリルでできた薄い箱型の栽培装置。「リゾフレーム」に土をつめて植物を植え、金属のケースにいれて遮光し、アクリル面に根を露出させるよう60度傾けて栽培する。(B)金属ケースを外し、アクリル板越しに根や根粒が成長する様子を土から掘り起こすことなく観察できる。(C)「リゾフレーム」で栽培したダイズの根に形成された根粒。
図2「リゾフレームシステム」を用いた根粒共生の経時観察
「リゾフレームシステム」により、赤色の蛍光タンパク質(DsRed)を発現するダイズ根粒菌が土壌中のダイズの根に感染する様子を追跡観察した。土の中で根粒(矢尻:△)が発達していく様子や、根粒菌(赤色)の根表面への付着や根粒内部への侵入を連続して観察することができた。
2 緑色と赤色の蛍光を発する根粒菌を混合してダイズに接種し、「リゾフレームシステム」で観察することにより、2種類の根粒菌の感染をリアルタイムで追跡観察することができた( 図3)。
図3 2種類の根粒菌の感染動態の観察
赤色(tdTomato)または緑色(ZsGreen)の蛍光タンパク質を発現するダイズ根粒菌を混合してダイズに接種することで、2つの菌が土壌中で競合して植物に感染する様子を観察することができた。矢尻(△)の根粒内部には緑と赤の蛍光が観察され、1つの根粒に2種類の根粒菌が同時に共生していることがわかった。
3 根粒形成に重要な役割を示す植物ホルモンの オーキシン 2)の蓄積に応じて、緑色蛍光タンパク質GFPが発現する ミヤコグサ 3)を「リゾフレームシステム」で観察することにより、根粒菌の感染に呼応して土壌中の根のオーキシン蓄積が変化する様子をリアルタイムに観察する レポーターアッセイ 4)が可能となった( 図4)。
図4 根粒共生中のオーキシン応答の観察
「リゾフレームシステム」を用いてオーキシンに応答してGFPが発現するミヤコグサに赤色の蛍光タンパク質(DsRed)を発現するミヤコグサ根粒菌(Mesorhizobium loti MAFF 303099)を感染させた時の根粒形成過程をリアルタイムで観察した。根粒菌の局在を示す赤い蛍光の付近でオーキシンの蓄積を示す緑の蛍光が観察され、根粒が発達していくのと同時に緑の蛍光が強く現れた。今後の予定•期待
「リゾフレームシステム」によって土壌中の根に感染する根粒菌を追跡観察することができるようになった。今後、本技術を利用して優良菌と土着菌の感染競合を解析することにより優良菌がほ場で感染競合に敗れてしまう理由を解明し、共生能力を効率的に利用するための技術開発に活かしていく予定だ。
用語の解説
根粒菌
ダイズなどのマメ科植物と共生する土壌細菌。マメ科植物は根に根粒と呼ばれるコブ状の器官を形成し、根粒菌がその中に住み着きます(根粒共生)。根粒の中の根粒菌は、大気中の窒素を植物が利用できるアンモニアの形に変換する(窒素固定)。宿主植物は根粒菌が固定した窒素栄養を受け取る代わりに光合成産物を根粒菌に与える。
オーキシン
植物の成長を制御する植物ホルモンのひとつ。根粒菌の感染に応答して根にオーキシンが蓄積することが根粒を形成する上で重要であることが報告されている。
ミヤコグサ
マメ科のモデル植物のひとつ。ダイズにくらべてゲノムサイズが小さく、形質転換が簡単であるなどの理由から根粒共生をはじめとした植物微生物相互作用の研究材料として広く利用されている。
レポーターアッセイ
遺伝子の発現を可視化する方法のひとつ。本研究ではオーキシンの応答性レポーター(オーキシンが存在すると蛍光タンパク質が発現する)ミヤコグサを使用して、オーキシンの蓄積を可視化した。
<発表論文>
Rhizosphere Frame System Enables Nondestructive Live-Imaging of Legume-Rhizobium Interactions in the Soil