2023.08.02(水)

気候変動の総費用を新たに推計(生物多様性や
人間健康などの非市場価値と2℃目標)、今後の
気候変動対策の推進に大いに資する(東大工学部)

   全世界の気候変動にかかる総費用を新たに推計した。総費用には気候変動の緩和策に必要な費用と、緩和後も残る気候変動の経済被害に加えて、生物多様性の損失や健康被害といった非市場価値を貨幣換算したうえで合算されている。
   非市場価値への影響を考慮し、将来価値を高く見積もると2℃目標は経済的にも不適切ではない。一方、どの温度目標でも持続可能な社会(SSP1)を構築すれば気候変動の総費用は少なく抑えることができ、気候変動対策以外も含めて持続可能な社会を目指すことが重要だ。
   本研究成果は、気候変動を生物多様性や健康の問題と一体的に取り扱う必要があることに加え生物多様性や人間健康などGDPには計上されない非市場価値やここでは考慮されていない大規模不可逆事象などのリスクなどを我々がどの程度重視し、どのように受容•対処するかという価値判断、さらには太陽光発電や風力発電の低コスト化など科学技術イノベーションによる緩和費用の削減によって将来採りうる最適な温度目標が大きく変わり得ることを明確に示唆しており、今後の気候変動対策の推進に大いに資すると期待される。

   2010年-2099年の全世界について集計された持続可能な社会(SSP1)が実現される場合の気候変動の総費用(生物多様性損失や健康被害について小さな将来割引を適用した場合、図2(b)左)。産業革命以前に比べて3℃を超える様な温暖化が生じる場合には、生物多様性の損失や健康被害、労働生産性の低下や追加的なエネルギー需要増大といった経済被害は大きいが、緩和費用はあまり必要とされない。これに対し2℃目標を達成する場合には、緩和費用はかさむようになるが、経済被害や健康被害、生物多様性損失は大きく削減される。
<発表概要>
   国立大学法人東京大学大学院工学系研究科、日本工営株式会社、国立研究開発法人国立環境研究所、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、学校法人早稲田大学、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、国立大学法人愛媛大学、気象庁気象研究所、国立大学法人茨城大学、華北電力大学、学校法人立命館大学、ソウル市立大学、学校法人芝浦工業大学、国立大学法人京都大学、国立大学法人筑波大学、国立大学法人横浜国立大学の研究グループは、気候変動の緩和費用のほか、生物多様性の損失や人間の健康被害といった非市場価値の貨幣換算結果を合算して気候変動の総費用を推計した。
   その結果、生物多様性の損失や人間健康への被害といった非市場価値を考慮し、それらの将来価値を高く見積もる(割引率[※注1]が低い)場合、パリ協定で合意された2℃目標という温暖化レベル(RCP[※注2])の達成が経済的にも不適切ではないことが明らかとなった。市場価値も非市場価値も一律に経済成長に合わせて割り引いた(将来価値の低下の仕方がどちらも同じだと仮定する)場合には、総費用の面で2℃目標が最も低コストという結果にはなりませんでした。
   また、いくつかの温暖化レベルと社会経済シナリオ(SSP[※注3])の組み合わせについて推計した結果からは、温暖化レベルにかかわらず「持続可能な社会シナリオ」(SSP1)の場合に総費用が最小になると推計され、緩和策も含めて今後我々がどのような社会を構築するかによって気候変動にかかる総費用は大きく異なることも改めて明らかになった。
   但し本研究の結果の解釈には注意も必要だ。島しょ国への影響や文化の喪失、また科学的不確実性が大きな、いわゆるティッピングエレメント[※注4]と呼ばれる大規模不可逆事象の悪影響が本研究では考慮されていないためだ。一方で急激な社会変革を伴うような緩和策がもたらす副作用についても考慮されていない。更には当面の緩和費用を負担するのが現在の先進国であるのに対して、気候変動による悪影響を受けるのは現在から将来にかけての主に途上国であり、負担の公平性など気候正義の観点からの議論が必要だ。
   本研究の結果から、緩和策の実施により削減できる気候変動の悪影響による費用と比べて緩和費用がはるかに小さいわけではなく、また、生物多様性の損失や人間健康への被害に対する価値観が人によって大きく異なるため、気候変動対策について社会的な論争が尽きないのだと理解される。逆に生物多様性の損失や人間健康への被害に対する私たちの価値意識が増大し、社会的•技術的なイノベーションによって緩和費用が大幅に削減されれば、1.5℃目標といった温暖化レベルで総費用が最小になると想定される。
   本研究成果は、気候変動を生物多様性や健康の問題と一体的に取り扱う必要があり、その対策の加速化にはイノベーションによる緩和費用の削減が重要な役割を担っていることを明確に示し、今後の気候変動対策の推進に大いに資すると期待される。この研究成果は、2023年8月1日(英国夏時間)に英国物理学会のIOP Publishingの環境分野のオープンアクセス雑誌「Environmental Research Letters」で公開され、IOP Publishingからもプレスリリースが行われた。
<発表内容>
研究の背景と目的
   2015年のパリ協定では、世界の平均気温上昇量を産業革命以前に比べて2℃より低く抑え、更に1.5℃に抑える努力を追及することが合意された。しかし世界の国々のCO2の削減実績は、2℃目標の達成には遠く及んでいない。その理由の1つは、緩和策に要する費用がそれによる便益に比べて決して小さくはないということが考えられる。気候変動による費用•便益に関しては多くの先行研究があるが、より詳細な評価をするためにはその費用や便益が発生するメカニズムを詳細にモデル化可能なプロセスベースの統合経済評価モデルを用いた分析が望まれていた。
   これまでの研究では、人間健康への被害や生物多様性の損失といった非市場価値(GDPには計上されない価値)に関して、十分な議論がなされていませんでした。これらの非市場価値を貨幣換算するには、そのための係数が必要ですが、一般にこのような係数の推計は非常に困難だ。また気候変動による将来被害を見積もる際には割引率を使用するが、非市場価値を考慮する際には、従来から議論されている「将来世代の人命や生物多様性の価値を市場価値と同じように割り引いてよいか否か」について慎重に考慮する必要がある。そこで本研究では、プロセスベースの統合経済評価モデルとLCIA(Life Cycle Impact Assessment; ライフサイクル影響評価)の手法を使用し、緩和費用や経済被害に加え、人間健康と生物多様性の被害も含めた評価を行い、気候変動による総合的な費用を見積もった。
研究の手法
   本研究では、将来の温室効果ガス排出に関するシナリオ(RCP)と社会経済に関するシナリオ(SSP)を考慮し、それらを組み合わせたシナリオ(SSP1-RCP2.6/RCP4.5/RCP6.0、SSP2-RCP2.6/RCP4.5/RCP6.0/RCP8.5、SSP3-RCP4.5/RCP6.0/RCP8.5)ごとに気候変動の総費用(経済被害、緩和費用、人間健康への被害、生物多様性の損失の合計)を評価した。RCPシナリオに対応する気候条件については、CMIP5の気候モデル(General Circulation Models;GCM、大気大循環モデル)のうちの5つ(GFDL-ESM2M、HadGEM2-ES、IPSL-CM5A-LR、MIROC-ESM-CHEM、およびNorESM1-M)を用いた。
    経済被害(農業生産性、低栄養、冷暖房需要、労働生産性、水力発電量、火力発電量、河川氾濫、沿岸浸水)は、研究グループが過去に統合評価モデルを用いて行った研究(Takakura et al., 2019)の結果を利用した。全球を50㎞四方のグリッドに分割し、各グリッドに気象データを与えることで計算されたそれぞれの分野の影響を、マクロ経済モデル(AIM/CGEモデル)又は過去の影響と被害額の関係を用いることによって評価した。
   緩和費用はAIMモデル(Fujimori et al., 2017)を用いて評価した。各社会経済シナリオには、緩和策を実行しない場合のGDPの将来推移(Business As Usual;BaU)が仮定される。それに対して緩和策を実行した場合には経済成長が鈍化するため、GDPが小さくなると考えられる。そのときのGDPのBaUからの差分を緩和費用として算出した。
   人間健康への被害(低栄養、河川洪水、暑さによる死亡)は、それぞれの発生要因ごとのモデルによって算出された死者数に対して、要因ごとに影響を受けやすい年代を考慮してDALY(Disability-Adjusted Life-Years; 障害調整生存年数)に換算している。さらに換算されたDALYに対して、貨幣換算係数(Murakami et al., 2018)を乗じて貨幣価値に換算した。
   生物多様性の損失はLCIAの知見を活用し評価した。生態ニッチモデル[※注5]を用いて予測した5分類群(鳥類、爬虫類、両生類、哺乳類、維管束植物)それぞれの100年間の潜在的な生息適地面積の変化量から気温上昇の影響によって絶滅の危機に瀕する種数を評価し、その期間の気温変化量で除することで、各分類群の1年あたり•1℃上昇あたりの絶滅種数を算出している。ここでは評価期間のGCMの気温上昇量を乗じることによって絶滅種数を求めた。絶滅種数に対して、貨幣換算係数(Murakami et al., 2018)を乗じて貨幣価値に換算した。
   また、本研究では将来費用の割引について、2つの方法を検討した。1つ目の方法は、市場価値と非市場価値の両方をラムジー式(ρ(t)=δ+g(t)∙η ; ρ(t)が割引率、g(t)がGDP成長率、δ=0.5、η=1.0)によって割り引く。ラムジー式は割引率の決定において最もよく使用される方法の1つで将来価値を割り引く要因(時間選好性、巨大災害リスク、消費成長)をよく表現できる。もう一方の方法では、市場価値はラムジー式によって割引率を決定するが、非市場価値は固定された非常に小さい割引率(0.1%)で割り引く。
研究結果と考察
   図1は各SSP/RCPシナリオの経済被害(a)、人間健康被害(b)、生物多様性被害(c)、緩和費用(d)を示している。経済被害と緩和費用はラムジー式によって割り引いた値を、人間健康被害と生物多様性被害は貨幣価値化する前の値を示している。AIM/CGEモデルによる経済被害の推計からは他の多くのプロセスベースモデルと同等の値が得られることが知られているが、RCP4.5とRCP6.0の経済被害は大きな差がないことが示されている。近年Burke(2015)等によって提示された経済被害関数はプロセスベースモデルよりも非常に大きい経済被害を推計することが知られているが、Burke等は気温の経済成長率への影響をモデル化(growthモデル)しているのに対し、AIM/CGEのようなモデルは気温の経済影響を単年で評価(levelモデル)している。これらの手法はそれぞれに一長一短があり、どちらが良いかについてはまだ決着はついていない。
   図2は各SSP/RCPシナリオの総費用について、(a)市場価値と非市場価値をラムジー式で割り引いた結果と、(b)非市場価値を非常に小さい割引率で割り引いた結果とを示している。両方をラムジー式で割り引いた場合(a)では、パリ協定で目指す2℃目標(RCP2.6相当)における総費用が必ずしも最小にはなっていない。
   一方で非市場価値を非常に小さい割引率で割り引いた場合(b)には、2℃目標における総費用がそれ以外の場合と比べて大きいわけではなく、2℃目標が経済的にも不適切ではないことがわかる。またすべてのRCPシナリオについて持続的な社会経済の発展をした場合(SSP1)に総費用が最小となり、今後我々がどのような社会を構築するかが、気候変動の総費用の大きさを決定する重要な要素であることが改めて明らかになった。
   但し本研究の結果の解釈には注意が必要だ。まず図1に示す数字は長期間(90年間)累計の費用を示しているが、各年の費用はこれとは異なる。表1は2050年と2099年の生物多様性を除いた費用を示すが、例えばSSP3-RCP4.5シナリオでは、2099年の費用はGDPの8.67%にも上る。
   また、本研究では大気汚染の軽減を通じて緩和策がもたらす便益や、島しょ国への影響や文化の喪失、そしていわゆるティッピングエレメントと呼ばれる大規模不可逆事象による悪影響は科学的不確実性が大きいため考慮されていない。確率が小さくとも一旦生じたら甚大な被害をもたらすリスクについては、単に数学的な期待値で評価すべきではないという考え方もある。
   今後、気候科学の進展によってそうした事象の発生確率が大きく、被害の期待値も大きいことが確実になれば、温暖化レベルが高いシナリオで想定される被害が大きくなるため、2℃目標や1.5℃目標で気候変動の総費用が最小となる傾向が強まると想定される。
   一方で本研究では2015年ごろの知見に基づき将来にわたる緩和費用を想定しているが、近年の技術革新と普及拡大に伴い緩和費用も急激に低下しており、そうした傾向がさらに進めば、2℃目標や1.5℃目標といったより温暖化レベルが低い場合に気候変動の総費用が最小になり得ると考えられる。但し急激な緩和策に伴う社会変革が及ぼすモノやサービスの需給変容によって職を失う人や土地被覆や土地利用の改変が生物多様性の損失や食料供給リスクに及ぼす影響については十分に考慮されていない点にも留意する必要がある。更に当面の緩和費用を負担するのが現在の先進国であるのに対し、気候変動の悪影響を受けるのは現在から将来にかけての主に途上国であり、気候正義の観点からの議論も必要だ。

   図1:3つの社会経済シナリオ(SSP)ごと、いくつかの温暖化レベル(RCP)ごとに推計された気候変動影響。(a)農業生産性、沿岸域の浸水、冷房と暖房の需要、河川洪水、水力発電、職業上の健康被害、火力発電、栄養不足という8つのリスク要因セクターにおける経済的影響、(b)人間健康 (洪水や暑さに起因する過剰死亡率、及び栄養不足)、(c)生物多様性、および(d)緩和費用。(a)と(d)の値は割り引かれた影響の累積値。SSP1/RCP8.5およびSSP3/RCP2.6を除きすべてのSSP1-3/RCP2.6-8.5の組み合わせに対する影響を棒グラフで示す。点は平均値、バーは5つの気候モデル(GFDL-ESM2M、HadGEM2-ES、IPSL-CM5A-LR、MIROC-ESM-CHEM、及びNorESM1-M)間の推計値の1標準偏差の不確実性。不確実性は緩和費用以外のすべてのセクターについて考慮されている(注: RCP: 代表的な濃度経路。SSP: 共有された社会経済的シナリオ。DALY: 障害調整生存年数)  

   図2:2010年-2099年の全世界について集計された気候変動の総費用。累積割引費用の累積割引GDPに対する割合(%)。(a)市場価値と非市場価値の両方に対してラムジー式に基づく割引率を適用した場合、及び(b)市場価値はラムジー式に基づいた割引率、非市場価値は時間変化なしに0.1%という割引率を適用した場合。点は平均値で不確実性を示すバーは5つのGCMの結果間の1標準偏差。

まとめと今後の展望
   本研究では、気候変動影響の近年の研究成果を総合的に用いて、気候変動による総費用を評価した。気候変動の総費用は、割引率の設定によって結果が大きく変わることが示され、将来の非経済価値を考慮に含め、かつそれらの将来価値を高く見積もる場合、2℃目標が経済的にも適切な目標であることが示された。また、我々が持続的な社会を構築できるかどうかによって、気候変動の総費用が大きく異なることも改めて明らかになった。
   本研究で示された気候変動の総費用は、気候変動の地球科学的理解や影響評価技術の深化、並びに科学技術イノベーションの進捗によって大きく変わり得るため、適宜見直し、精緻化する意義があると考えられる。また、気候モデル(GCM)の将来推計間のバラツキに起因する影響評価の不確実性は高く、空間解像度を含め、気候モデルの将来予測の定量的な精度向上が的確な気候変動の総費用推計には必須だ。
<研究チームの構成>
国立大学法人東京大学 大学院工学系研究科 社会基盤学専攻
沖大幹(教授)木口雅司(上席研究員)
日本工営(株)中央研究所 先端研究センター 気候変動研究室
小田貴大(研究員)
国立研究開発法人国立環境研究所 社会システム領域
高倉潤也(主任研究員)高橋潔(副領域長)
気候変動適応センター
花崎直太(室長)肱岡靖明(センター長)
国立研究開発法人農業•食品産業技術総合研究機構 農業環境研究部門
湯龍龍(主任研究員)飯泉仁之直(上級研究員)
学校法人早稲田大学 理工学術院
伊坪徳宏(教授)
国立研究開発法人森林研究•整備機構 森林総合研究所 生物多様性•気候変動研究拠点
大橋春香(主任研究員)松井哲哉(生物多様性•気候変動研究拠点長)
国立大学法人愛媛大学 大学院農学研究科
熊野直子(准教授)
気象庁 気象研究所
田上雅浩(研究官)              
国立大学法人茨城大学 地球•地域環境共創機構
田村誠(教授)
大学院理工学研究科都市システム工学領域
横木裕宗(教授)
華北電力大学 経済管理学院
周茜(副教授)
学校法人立命館 立命館大学 理工学部
長谷川知子(准教授)
ソウル市立大学 都市科学大学院 造景学科
Chan Park(副教授)
学校法人芝浦工業大学 工学部 土木工学科
平林由希子(教授)
国立大学法人京都大学 工学部環境工学科
藤森真一郎(准教授)
国立大学法人筑波大学
本田靖(名誉教授)
国立大学法人横浜国立大学 総合学術高等研究院
松田裕之(上席特別教授)
 
論文情報 
〈雑誌〉Environmental Research Letters
〈題名〉Total economic costs of climate change at different discount rates for market and non-market values
〈著者〉Takahiro Oda, Jun’ya Takakura, Longlong Tang, Toshichika Iizumi, Norihiro Itsubo, Haruka Ohashi, Masashi Kiguchi, Naoko Kumano, Kiyoshi Takahashi, Masahiro Tanoue, Makoto Tamura, Qian Zhou, Naota Hanasaki, Tomoko Hasegawa, Chan Park, Yasuaki Hijioka, Yukiko Hirabayashi, Shinichiro Fujimori, Yasushi Honda, Tetsuya Matsui, Hiroyuki Matsuda, Hiromune Yokoki, and Taikan Oki
〈URL〉https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1748-9326/accdee/
〈IOP Publishingからの英文Press release〉https://ioppublishing.org/news/the-cost-of-climate-change/
研究助成
   本研究は2015年度から2019年度にかけて実施された独立行政法人環境再生保全機構の環境研究総合推進費•戦略研究プロジェクトS-14(気候変動の緩和策と適応策の統合的戦略研究、研究代表:東京大学 沖大幹)によって実施された。
用語解説
[※注1]割引率(discount rate):将来の価値を現在の価値に直すために用いる1年あたりの割合。
[※注2]代表濃度経路シナリオ(Representative Concentration Pathways):RCP2.6及びRCP8.5では工業化以前と比較して放射強制力が21世紀末までにそれぞれ2.6W/m2及び8.5W/m2上昇するシナリオ。
[※注3]共通社会経済経路(Shared Socioeconomic Pathways):将来の社会経済の傾向を仮定したシナリオで、SSP1は気候政策のもとで持続可能な開発を進めていくシナリオ、SSP5は気候政策を導入せず化石燃料による開発を進めていくシナリオ。
[※注4]ティッピングエレメント(Tipping Elements):気候変動が進行してあるティッピングポイント(臨界点)を過ぎた時点で、不連続な急激な変化が生じて、結果として大きな影響を引き起こすような気候変動の要素。例として、北極海の夏季海氷の消失やグリーンランドや西南極の氷床融解、大西洋熱塩循環の減速など。
[※注5]生態ニッチモデル(ecological niche model):生物種の現在の生息地点と気温・降水量•土地利用などの環境因子から、当該生物種の生息適地の存在確率を推定する統計学的手法。
参考文献
Burke M, Hsiang S M and Miguel E, 2015: Global non-linear effect of temperature on economic production, Nature, 527(7577), 235–239.
Fujimori S. et al., 2017: SSP3: AIM implementation of shared socioeconomic pathways, Glob. Env. Chan., 42, 268–283.
Murakami K., Itsubo N., Kuriyama K., Yoshida K., and Tokimatsu K., 2018: Development of weighting factors for G20 countries. Part 2: estimation of willingness to pay and annual global damage cost, Int. J. Life Cycle Assess., 23(12) 2349–2364.
Takakura J. Y., et al., 2019: Dependence of economic impacts of climate change on anthropogenically directed pathways, Nat. Clim. Chan., 9(10) 737–741.
 
添付資料
非市場価値(生物多様性と健康)の貨幣換算係数の不確実性(表S1)

   非市場価値の貨幣換算係数にはMurakami et al.(2018)で推定された値を使用。この研究では発展途上国と先進国の両者におけるさまざまな環境問題を理解するための基礎を提供するためにG20諸国の4つの環境セクター(人間の健康、社会資産、生物多様性、及び一次生産)の保護に関するアンケート調査を実施。4つのセクターの選好強度は、ランダム•パラメーター•ロジット•モデルによって推定され、次に回答者の支払い意思に基づいて金銭的加重係数が計算された。推計された金銭的要因は、G20諸国の所得水準と有意な相関を示さなかった(正の相関ではなく、わずかに負の相関が観察された)。この結果はいくつかの以前の文献とは対照的であるが、適用されたアンケート調査が異なることによる影響が考えられる。金銭的要因の不確実性も推定されている。研究で用いたシナリオについての説明
   この研究では、将来(21世紀末)にかけての地球温暖化による影響や、緩和策についての研究を行っている。しかし、具体的にこのような将来に起きる出来事をどのように研究するのでしょうか?遠い将来に起きる出来事を「こうなるだろう」という形で正確に予測することは困難だ。そこで「仮にこうなったとしたら」という仮想的な将来像を複数用意して、それぞれの仮定された将来像を前提として分析を行う。このような将来像のことを「シナリオ」と呼ぶ。このプロジェクトでは、RCPシナリオとSSPシナリオという2種類のシナリオの組み合せを活用して研究を行った。
・RCPシナリオとは
   将来、地球温暖化がどの程度進むかは、私たち人類がどの程度温室効果ガスを排出するかに依存する。このどの程度温室効果ガスを排出するかに関するシナリオがRCPシナリオと呼ばれるシナリオだ。RCP2.6からRCP8.5までの4つのシナリオがあり、それぞれ想定される温室効果ガスの排出量が異なる。そしてそれに応じて、どの程度の気温上昇が生じるかが決まる(図S2)。

   図S2:各RCPシナリオにおけるCO2排出量(左)と、それに基づいてシミュレーションされた全球平均気温上昇(右)。
・SSPシナリオとは
   地球温暖化によって人間社会に対してどの程度の被害が生じるかを分析するには、気温のような物理的な条件だけでなく、人間社会側の要因(人口の多さや国も豊かさ)も影響する。また、温室効果ガスの排出削減の難しさも人口や利用可能な技術のレベルに依存する。このような目的で使われるシナリオがSSPシナリオと呼ばれるシナリオだ。SSP1からSSP5までの5つのシナリオがあり、それぞれ人口やGDPといった情報が含まれている(図S3)。本研究ではこの中のSSP1からSSP3までのシナリオを用いた。 

   図S3:各SSPシナリオにおける人口(左)と1人あたりGDP(右).1人あたりGDPが多いほど経済的に豊かであることを表す。