2023.07.03(月) |
(研究成果)酵素パワーで生分解性プラスチック製品の
分解を加速、農業用マルチフィルムの鋤き込みで効果を
実証(農研機構)
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農研機構は生分解性プラスチックを分解する酵素を用いて、野菜の栽培に使う耐久性の高い生分解性農業用マルチフィルムを、畑に敷いたまま分解を加速させる方法を実証した。フィルムは、酵素を散布処理した翌日には強度が下がり、壊れやすくなるため土の中へ鋤(す)き込み、分解を促す処理が容易になる。これにより生分解性プラスチックを使用者が望むタイミングで分解を促進できれば、処理労力を画期的に低減できるため、利用場面が広がりごみの削減に役立つ。
生分解性プラスチック 1)は、最終的には水と二酸化炭素まで分解される高分子化合物だ。生分解性プラスチックは、野菜を栽培する時に畑の表面を被覆する農業用資材である マルチフィルム 2)での使用が増加している。栽培終了後に畑に鋤き込んで土壌微生物により分解させる処理ができるので、従来の 分解されないプラスチック 3)で問題となっていた使用後に回収する労力と土で汚れたプラスチックの処理が不要となる。
生分解性のマルチフィルムは、様々な環境下で多様な野菜の栽培に用いるために耐久性の改良が進められている。但し栽培期間中に壊れにくいように調節された製品は、使いやすい反面、使用後の分解が遅くなる。
農研機構はこれまでに、生分解性プラスチック分解酵素を用いて、使用後の生分解性マルチフィルムの分解を加速できるかどうかを実験で確認した。イネの葉や籾(もみ)に常在する酵母菌である シュードザイマ•アンタークティカ(Pseudozyma antarctica) 4)が、生分解性プラスチックを分解する酵素(Biodegradable plastic-degrading Enzyme)を分泌することを発見し、その分解酵素をPaEと名付けた。また、PaEが生分解性マルチフィルム開発当初の素材である ポリブチレンサクシネートアジペート(PBSA) 5)や ポリブチレンサクシネート(PBS) 5)、非結晶のポリ乳酸を分解することを見出している。
最近の生分解性マルチフィルムは、分解が遅い素材である ポリブチレンアジペートテレフタレート(PBAT) 5)を主成分とする製品や、PBATよりさらに分解が遅い ポリ乳酸(PLA) 5)を添加した製品が増えている。農研機構は今回、PaEがPBATを分解することも見出した。PBSA、PBS、PBATについてそれぞれの素材だけで作られたフィルムをPaE溶液に浸漬すると、フィルムは表面から分解されて、数時間以内にPBSA>PBS>PBATの順で薄くなり、重量が減った。
これらの生分解性プラスチック素材を混合した市販の生分解性マルチフィルムも、PaE溶液に浸すと分解された。畑の畝に展張した市販の生分解性マルチフィルムの表面にPaE溶液を散布する処理方法でも、翌日にフィルムの強度が下がった。また畑に鋤き込んだ後すぐに、土の中や表面から目視で回収できたフィルム断片は、酵素処理をしなかった場合に比べて大きな断片が減り、総重量も減少した。生産現場においても、酵素処理によってフィルムの分解が加速されることを明らかにした。
今後、生分解性プラスチックと分解酵素を組み合わせて使用することで、使用者が分解のタイミングを調整することが可能となり、農業用資材などの野外で用いるプラスチック製品などを土に還す、循環型社会の形成が期待される。
関連情報
予算 : 農林水産省委託プロジェクト研究「農林水産業•食品産業科学技術研究推進事業」25017A 畑作の省力化に資するバイオプラスチック製農業資材分解酵素の製造技術と利用技術の開発、25017AB畑作の省力化に資する生分解性マルチフィルム分解酵素の製造技術と利用技術の高度化及び生研支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業JPJ007097」、01029C 畑作の省力化に資する生分解性プラスチック分解酵素の製造技術と生分解性農業資材利用技術の高度化、また、本研究課題は農林水産省が推進する産学連携研究の仕組みの「知」の集積と活用の場®産学官連携協議会において組織された研究開発プラットフォームのうち「生分解性プラスチック及び分解酵素研究開発プラットフォーム」からイノベーション創出強化研究推進事業に応募された課題だ。
「知」の集積と活用の場®について
URL: https://www.knowledge.maff.go.jp/
特許 : 第6338183号 生分解性プラスチック製マルチフィルムを分解する方法
お問い合わせ先など
研究推進責任者:農研機構農業環境研究部門所長 山本勝利
研究担当者 : 同気候変動緩和策研究領域 北本宏子(前グループ長補佐)
上級研究員 植田浩一
上級研究員 山下結香
広報担当者 : 同研究推進室(兼本部広報部) 杉山恵
<詳細情報>
開発の社会的背景
現代社会に不可欠な素材であるプラスチックの特徴を理解して、用途や解決したい環境問題に応じて適切に使用するための取り組みが国内外で開始されている。耐久性のあるプラスチックを必要量だけ用いて、使用後はリサイクルによって再利用する方法と、生分解性プラスチックを用いて、使用後に水と二酸化炭素まで分解させて、土に還す方法が示されている。
生分解性プラスチックは、分別回収や再生利用が難しい農業や土木など屋外での用途や、食品包装や衛生用品などへの利用が期待されている。農業用マルチフィルムなど一定の耐久性が必要な製品には、使用中に意図しない分解を抑えるために、分解が比較的遅いPBATを混合した製品が多く作られている。
また、より耐久性が高いPLAが追加されている製品も販売されている。このような製品は利便性が高い反面、使用後の分解は遅くなる。使用者が望むタイミングで分解を加速できると、生分解性プラスチックをスムーズに土に還せるようになる。
研究の経緯
農研機構では、これまでに植物の表面に常在するシュードザイマ属の酵母菌が、生分解性プラスチックを分解することを見出した。イネの籾や葉に常在しているシュードザイマ・アンタークティカから、エステル分解酵素であるPaEを発見している。
生分解性プラスチックの主流は、有機酸とアルコールがエステル結合したポリエステルだ。PaEは、開発当初の生分解性マルチフィルムの素材であるPBSA、PBSなど、また非結晶のPLAを分解する( 参考資料1、2)。PaEは生分解性プラスチックであるPBSA、PBSなどの高分子鎖をランダムに切断することが確認されている( 参考資料3)。今回、PaEは耐久性や柔軟性、引張強度が高い生分解性プラスチックであるPBATを分解できるのか、生産現場において市販の生分解性マルチフィルムの分解を加速できるのか実証を試みた。
研究の内容•意義
1 実証の前に行った室内実験で、生分解性プラスチック製のフィルムをPaE溶液に浸漬すると、フィルムを構成する高分子鎖間の結合がランダムに切られて低分子化されることを産総研•機能化学研究部門との共同研究で見出した。フィルムの分解速度はPBSA>PBS>PBATの順でした。またこれらの生分解性プラスチック素材を混合した市販の生分解性マルチフィルムをPaE溶液に浸漬した場合も、分解されて薄くなっていくことを確認した。なお、PaEは結晶化したPLAを分解しないため、PLAフィルムの分解速度はPBSAの1/1000程度でした。
2 生分解性プラスチックの生分解性は、室内で評価する方法が作られており、土壌に比べて高温な堆肥化条件(58°C)で評価されている。一方で実際に市販の製品を使い、かつ分解を促すべき屋外の現場でも、分解を適切に評価する方法の開発が必要とされている。畑での生分解性マルチフィルムの分解は、今まで主に目視による亀裂の発生で判断されていたが、分解程度を客観的に比べることができませんでした。農研機構ではマルチフィルムの強度や、画像解析から穴や亀裂の面積や長さを数値化して、フィルムの変化を客観的に評価する方法を作り、今回の研究で使用した。
3 室内実験の結果から、畑の表面を被覆した生分解性マルチフィルムの分解を加速するのに、PaEは有効であることがわかり、実証を試みた。屋外の畑地に展張した市販のマルチフィルム(黒)の表面に、市販の農薬散布機を用いてPaEを散布処理した( 図1)。その際、酵素処理によってフィルムが分解されると、有機酸が生じ酸性になる。PaEの働きに適したpHを維持する中和剤として、畑でも使える炭酸カルシウム粉末(白色の鉱物)をPaE溶液に混ぜて処理した。その結果、翌日にはマルチフィルムは薄くなり、目視およびミクロレベルでも亀裂が生じて( 図2、 3)、強度が下がった( 図4)。
4 生分解性マルチフィルムは、使用後速やかに畑の土の中にしっかりと鋤き込むことが推奨されている。PaE散布処理を行ったマルチフィルムを、翌日、耕うん機で鋤き込んだ後に目視で確認できる断片を回収したところ、PaE散布処理をしなかったフィルムに比べて大型の断片が減り、断片のサイズが小さくなり、総重量も減った( 図4、 5)。このことからマルチフィルムが、PaE散布処理によって脆くなり、耕うんの過程で壊されていること、その結果鋤き込みしやすくなることがわかった。
5 PaE散布処理の効果は、初夏の31°C程度や晩秋の14°C程度の様々な温度条件下においても確認でき、素材の混合割合が異なる複数の市販の生分解性マルチフィルムでも確認された。
今後の期待
酵素を塗布した市販の生分解性マルチフィルム断片は、土の中に埋めると早く消滅することが室内実験で示されている( 参考資料4)。すでにシュードザイマ•アンタークティカを改良して、目的のタンパク質を多く生産させる方法を作り、PaEを大量生産することもできるようになっている( 参考資料5)。
農研機構は、県の農業試験場や民間企業、大学との共同研究で、•分解酵素の量産化方法•酵素を散布処理したフィルムを畑に埋めた後の分解の検証•生分解性マルチフィルムと分解酵素を組み合わせた新しい栽培方法の開発•分解酵素と組み合わせて使用する、新たな生分解性農業資材の開発に取り組んでいる。
今後、生分解性プラスチックと分解酵素を組み合わせて使用することで、農業などの野外で用いるプラスチック製品などを速やかに分解し、土や堆肥へ循環させていく、ごみを出さない社会形成への利用が期待される。
現在、生分解性プラスチックの一部は植物等の再生可能な原料を用いて作られており、これらは「生分解性のバイオマスプラスチック」と呼ばれている。残りは石油を原料に作られている。生分解性のバイオマスプラスチックを低コストで製造するための研究や技術開発が進められており、これらの技術が確立されることによって、石油などの化石資源への依存を減らすことができるようになる。
生分解性のバイオマスプラスチックは、使用後に分解酵素によって滞りなく水と二酸化炭素まで分解され、生じた二酸化炭素を吸収した植物は、再び生分解性プラスチックの原料として供給される。生分解性のバイオマスプラスチックとPaEなどの分解酵素を組み合わせたシステムを構築することで、廃棄物が滞留しない、新しいプラスチックの循環利用が期待される( 図6)。
用語の解説
生分解性プラスチック
微生物の働きによって二酸化炭素と水に分解される分子を原料に用いた高分子化合物だ。現在使われている生分解性プラスチックは、「エステル結合」で作られたポリエステル。「エステル結合」は、オリーブ油やラードなどの天然の油脂など、自然界に一般的にある結合様式であるため自然界から分解菌が見つかる。
マルチフィルム
野菜を栽培する時に畑の表面を被覆して、水や地温、肥料の保持、雑草や病害虫の防除に役立つ。従来は分解しないプラスチック製品が用いられてきたが、使用後の回収が重労働であること回収したフィルムには土が付着しており、再生利用が難しいという課題がある。一方で、生分解性マルチフィルムは、使用後畑に鋤き込み、土の中で分解させる処理ができる。回収する労力と再生処理が不要となるため使用量が増えており、2020年度の出荷量は2019年度比106%、2015年度比167%となった(農業用生分解性資材普及会調べ)。
分解されないプラスチック
熱に対する強さや、衝撃に対する強さ、紫外線や雨、寒暖差などへの耐候性を持続させるために、分解をし難い化学結合様式で作られた高分子化合物。原料として使われる分子から名前が付けられる。多数連結させた高分子という意味で冒頭に「ポリ~」を付ける。たとえば、石油から得られたナフサから、エチレンなどの有機化合物が得られて、それぞれを原料に用いてポリエチレンなどの高分子が作られる。
シュードザイマ・アンタークティカ(Pseudozyma antarctica)
世界で初めて日本人によって南極の湖から採集されたため、アンタークティカ(antarctica=南極大陸)と名付けられた。シュードザイマ属の仲間たちは植物表面の常在菌で、野菜や穀物、果物の表面にも常在している。シュードザイマ•アンタークティカは、稲などのイネ科植物の表面に常在している。
生分解性マルチフィルムに使われている生分解性プラスチックの種類
生分解性速度やフィルムとしての柔軟性や強度、耐久性を維持するために、複数の生分解性プラスチックを混合して生分解性マルチフィルムを成形している。ポリ乳酸は常温では分解し難いのだが、高温の堆肥中では急速に低分子化するため、生分解性プラスチックに分類されている。
発表論文
Kitamoto H, Koitabashi M, Sameshima-Yamashita Y, Ueda H, Takeuchi A, Watanabe T, Sato S, Saika A, Fukuoka T(2023)Accelerated degradation of plastic products via yeast enzyme treatment. Scientific Reports. 13, 2386 https://doi.org/10.1038/s41598-023-29414-1
参考資料
1 研究成果「葉の表面に棲む生分解性プラスチック分解酵母」
https://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/result/result24/result24_12.html
2 研究成果「生分解性プラスチック分解性の簡単な評価方法」
https://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/result/result29/result29_44.html
3 研究成果「植物常在真菌の酵素が生分解性プラスチックを急速に崩壊させる仕組み」
https://www.naro.go.jp/project/results/4th_laboratory/niaes/2017/niaes17_s17.html
4 研究成果「生分解性プラスチック製マルチの土壌中での分解を葉面酵母の酵素塗布処理で加速させる」
https://www.naro.go.jp/project/results/4th_laboratory/niaes/2019/niaes19_s10.html
5 研究成果「キシロースを用いた生分解性プラスチック(生プラ)分解酵素の大量生産」
https://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/result/result30/result30_46.html
参考図
図1 市販の生分解性マルチフィルムへのPaE散布処理試験の様子
図2 市販の生分解性マルチフィルム(黒)を、野菜を栽培せずに2か月展張した後に、PaE散布処理を行った区(白い着色が認められる部分、幅0.5m)は、処理翌日に目視で確認できる亀裂が発生した。黒色の部分は酵素処理をしていない。
図3 散布処理翌日(24時間後)のマルチフィルムの表面。散布処理に使用したPaEの濃度(ユニットUで表示)が高いほどマルチフィルム表面にミクロレベルで亀裂が生じる。ユニット(U)は酵素の力価を示す。ここでは生分解性プラスチックPBSAエマルジョンの660nmにおける吸光度を1下げる酵素の量を1Uとしている。
図4 PaE散布処理をすると翌日(24時間後)にはマルチフィルムの強度が下がり、鋤き込み後に回収された断片の総重量が減った。箱ヒゲ図の箱の上下は分布の両端から25%の分布範囲を、中央線は中央値を表す。ヒゲの上下は5%の分布範囲を表す。
図5 PaE散布処理をすると翌日(24時間後)にはマルチフィルムは、薄く壊れやすくなっており、鋤き込み直後に目視で確認できる大きな断片が減る。
図6 バイオマス原料由来の生分解性プラスチックと分解酵素を組み合わせたプラスチックの循環利用
生分解性プラスチック 1)は、最終的には水と二酸化炭素まで分解される高分子化合物だ。生分解性プラスチックは、野菜を栽培する時に畑の表面を被覆する農業用資材である マルチフィルム 2)での使用が増加している。栽培終了後に畑に鋤き込んで土壌微生物により分解させる処理ができるので、従来の 分解されないプラスチック 3)で問題となっていた使用後に回収する労力と土で汚れたプラスチックの処理が不要となる。
生分解性のマルチフィルムは、様々な環境下で多様な野菜の栽培に用いるために耐久性の改良が進められている。但し栽培期間中に壊れにくいように調節された製品は、使いやすい反面、使用後の分解が遅くなる。
農研機構はこれまでに、生分解性プラスチック分解酵素を用いて、使用後の生分解性マルチフィルムの分解を加速できるかどうかを実験で確認した。イネの葉や籾(もみ)に常在する酵母菌である シュードザイマ•アンタークティカ(Pseudozyma antarctica) 4)が、生分解性プラスチックを分解する酵素(Biodegradable plastic-degrading Enzyme)を分泌することを発見し、その分解酵素をPaEと名付けた。また、PaEが生分解性マルチフィルム開発当初の素材である ポリブチレンサクシネートアジペート(PBSA) 5)や ポリブチレンサクシネート(PBS) 5)、非結晶のポリ乳酸を分解することを見出している。
最近の生分解性マルチフィルムは、分解が遅い素材である ポリブチレンアジペートテレフタレート(PBAT) 5)を主成分とする製品や、PBATよりさらに分解が遅い ポリ乳酸(PLA) 5)を添加した製品が増えている。農研機構は今回、PaEがPBATを分解することも見出した。PBSA、PBS、PBATについてそれぞれの素材だけで作られたフィルムをPaE溶液に浸漬すると、フィルムは表面から分解されて、数時間以内にPBSA>PBS>PBATの順で薄くなり、重量が減った。
これらの生分解性プラスチック素材を混合した市販の生分解性マルチフィルムも、PaE溶液に浸すと分解された。畑の畝に展張した市販の生分解性マルチフィルムの表面にPaE溶液を散布する処理方法でも、翌日にフィルムの強度が下がった。また畑に鋤き込んだ後すぐに、土の中や表面から目視で回収できたフィルム断片は、酵素処理をしなかった場合に比べて大きな断片が減り、総重量も減少した。生産現場においても、酵素処理によってフィルムの分解が加速されることを明らかにした。
今後、生分解性プラスチックと分解酵素を組み合わせて使用することで、使用者が分解のタイミングを調整することが可能となり、農業用資材などの野外で用いるプラスチック製品などを土に還す、循環型社会の形成が期待される。
関連情報
予算 : 農林水産省委託プロジェクト研究「農林水産業•食品産業科学技術研究推進事業」25017A 畑作の省力化に資するバイオプラスチック製農業資材分解酵素の製造技術と利用技術の開発、25017AB畑作の省力化に資する生分解性マルチフィルム分解酵素の製造技術と利用技術の高度化及び生研支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業JPJ007097」、01029C 畑作の省力化に資する生分解性プラスチック分解酵素の製造技術と生分解性農業資材利用技術の高度化、また、本研究課題は農林水産省が推進する産学連携研究の仕組みの「知」の集積と活用の場®産学官連携協議会において組織された研究開発プラットフォームのうち「生分解性プラスチック及び分解酵素研究開発プラットフォーム」からイノベーション創出強化研究推進事業に応募された課題だ。
「知」の集積と活用の場®について
URL: https://www.knowledge.maff.go.jp/
特許 : 第6338183号 生分解性プラスチック製マルチフィルムを分解する方法
お問い合わせ先など
研究推進責任者:農研機構農業環境研究部門所長 山本勝利
研究担当者 : 同気候変動緩和策研究領域 北本宏子(前グループ長補佐)
上級研究員 植田浩一
上級研究員 山下結香
広報担当者 : 同研究推進室(兼本部広報部) 杉山恵
<詳細情報>
開発の社会的背景
現代社会に不可欠な素材であるプラスチックの特徴を理解して、用途や解決したい環境問題に応じて適切に使用するための取り組みが国内外で開始されている。耐久性のあるプラスチックを必要量だけ用いて、使用後はリサイクルによって再利用する方法と、生分解性プラスチックを用いて、使用後に水と二酸化炭素まで分解させて、土に還す方法が示されている。
生分解性プラスチックは、分別回収や再生利用が難しい農業や土木など屋外での用途や、食品包装や衛生用品などへの利用が期待されている。農業用マルチフィルムなど一定の耐久性が必要な製品には、使用中に意図しない分解を抑えるために、分解が比較的遅いPBATを混合した製品が多く作られている。
また、より耐久性が高いPLAが追加されている製品も販売されている。このような製品は利便性が高い反面、使用後の分解は遅くなる。使用者が望むタイミングで分解を加速できると、生分解性プラスチックをスムーズに土に還せるようになる。
研究の経緯
農研機構では、これまでに植物の表面に常在するシュードザイマ属の酵母菌が、生分解性プラスチックを分解することを見出した。イネの籾や葉に常在しているシュードザイマ・アンタークティカから、エステル分解酵素であるPaEを発見している。
生分解性プラスチックの主流は、有機酸とアルコールがエステル結合したポリエステルだ。PaEは、開発当初の生分解性マルチフィルムの素材であるPBSA、PBSなど、また非結晶のPLAを分解する( 参考資料1、2)。PaEは生分解性プラスチックであるPBSA、PBSなどの高分子鎖をランダムに切断することが確認されている( 参考資料3)。今回、PaEは耐久性や柔軟性、引張強度が高い生分解性プラスチックであるPBATを分解できるのか、生産現場において市販の生分解性マルチフィルムの分解を加速できるのか実証を試みた。
研究の内容•意義
1 実証の前に行った室内実験で、生分解性プラスチック製のフィルムをPaE溶液に浸漬すると、フィルムを構成する高分子鎖間の結合がランダムに切られて低分子化されることを産総研•機能化学研究部門との共同研究で見出した。フィルムの分解速度はPBSA>PBS>PBATの順でした。またこれらの生分解性プラスチック素材を混合した市販の生分解性マルチフィルムをPaE溶液に浸漬した場合も、分解されて薄くなっていくことを確認した。なお、PaEは結晶化したPLAを分解しないため、PLAフィルムの分解速度はPBSAの1/1000程度でした。
2 生分解性プラスチックの生分解性は、室内で評価する方法が作られており、土壌に比べて高温な堆肥化条件(58°C)で評価されている。一方で実際に市販の製品を使い、かつ分解を促すべき屋外の現場でも、分解を適切に評価する方法の開発が必要とされている。畑での生分解性マルチフィルムの分解は、今まで主に目視による亀裂の発生で判断されていたが、分解程度を客観的に比べることができませんでした。農研機構ではマルチフィルムの強度や、画像解析から穴や亀裂の面積や長さを数値化して、フィルムの変化を客観的に評価する方法を作り、今回の研究で使用した。
3 室内実験の結果から、畑の表面を被覆した生分解性マルチフィルムの分解を加速するのに、PaEは有効であることがわかり、実証を試みた。屋外の畑地に展張した市販のマルチフィルム(黒)の表面に、市販の農薬散布機を用いてPaEを散布処理した( 図1)。その際、酵素処理によってフィルムが分解されると、有機酸が生じ酸性になる。PaEの働きに適したpHを維持する中和剤として、畑でも使える炭酸カルシウム粉末(白色の鉱物)をPaE溶液に混ぜて処理した。その結果、翌日にはマルチフィルムは薄くなり、目視およびミクロレベルでも亀裂が生じて( 図2、 3)、強度が下がった( 図4)。
4 生分解性マルチフィルムは、使用後速やかに畑の土の中にしっかりと鋤き込むことが推奨されている。PaE散布処理を行ったマルチフィルムを、翌日、耕うん機で鋤き込んだ後に目視で確認できる断片を回収したところ、PaE散布処理をしなかったフィルムに比べて大型の断片が減り、断片のサイズが小さくなり、総重量も減った( 図4、 5)。このことからマルチフィルムが、PaE散布処理によって脆くなり、耕うんの過程で壊されていること、その結果鋤き込みしやすくなることがわかった。
5 PaE散布処理の効果は、初夏の31°C程度や晩秋の14°C程度の様々な温度条件下においても確認でき、素材の混合割合が異なる複数の市販の生分解性マルチフィルムでも確認された。
今後の期待
酵素を塗布した市販の生分解性マルチフィルム断片は、土の中に埋めると早く消滅することが室内実験で示されている( 参考資料4)。すでにシュードザイマ•アンタークティカを改良して、目的のタンパク質を多く生産させる方法を作り、PaEを大量生産することもできるようになっている( 参考資料5)。
農研機構は、県の農業試験場や民間企業、大学との共同研究で、•分解酵素の量産化方法•酵素を散布処理したフィルムを畑に埋めた後の分解の検証•生分解性マルチフィルムと分解酵素を組み合わせた新しい栽培方法の開発•分解酵素と組み合わせて使用する、新たな生分解性農業資材の開発に取り組んでいる。
今後、生分解性プラスチックと分解酵素を組み合わせて使用することで、農業などの野外で用いるプラスチック製品などを速やかに分解し、土や堆肥へ循環させていく、ごみを出さない社会形成への利用が期待される。
現在、生分解性プラスチックの一部は植物等の再生可能な原料を用いて作られており、これらは「生分解性のバイオマスプラスチック」と呼ばれている。残りは石油を原料に作られている。生分解性のバイオマスプラスチックを低コストで製造するための研究や技術開発が進められており、これらの技術が確立されることによって、石油などの化石資源への依存を減らすことができるようになる。
生分解性のバイオマスプラスチックは、使用後に分解酵素によって滞りなく水と二酸化炭素まで分解され、生じた二酸化炭素を吸収した植物は、再び生分解性プラスチックの原料として供給される。生分解性のバイオマスプラスチックとPaEなどの分解酵素を組み合わせたシステムを構築することで、廃棄物が滞留しない、新しいプラスチックの循環利用が期待される( 図6)。
用語の解説
生分解性プラスチック
微生物の働きによって二酸化炭素と水に分解される分子を原料に用いた高分子化合物だ。現在使われている生分解性プラスチックは、「エステル結合」で作られたポリエステル。「エステル結合」は、オリーブ油やラードなどの天然の油脂など、自然界に一般的にある結合様式であるため自然界から分解菌が見つかる。
マルチフィルム
野菜を栽培する時に畑の表面を被覆して、水や地温、肥料の保持、雑草や病害虫の防除に役立つ。従来は分解しないプラスチック製品が用いられてきたが、使用後の回収が重労働であること回収したフィルムには土が付着しており、再生利用が難しいという課題がある。一方で、生分解性マルチフィルムは、使用後畑に鋤き込み、土の中で分解させる処理ができる。回収する労力と再生処理が不要となるため使用量が増えており、2020年度の出荷量は2019年度比106%、2015年度比167%となった(農業用生分解性資材普及会調べ)。
分解されないプラスチック
熱に対する強さや、衝撃に対する強さ、紫外線や雨、寒暖差などへの耐候性を持続させるために、分解をし難い化学結合様式で作られた高分子化合物。原料として使われる分子から名前が付けられる。多数連結させた高分子という意味で冒頭に「ポリ~」を付ける。たとえば、石油から得られたナフサから、エチレンなどの有機化合物が得られて、それぞれを原料に用いてポリエチレンなどの高分子が作られる。
シュードザイマ・アンタークティカ(Pseudozyma antarctica)
世界で初めて日本人によって南極の湖から採集されたため、アンタークティカ(antarctica=南極大陸)と名付けられた。シュードザイマ属の仲間たちは植物表面の常在菌で、野菜や穀物、果物の表面にも常在している。シュードザイマ•アンタークティカは、稲などのイネ科植物の表面に常在している。
生分解性マルチフィルムに使われている生分解性プラスチックの種類
生分解性速度やフィルムとしての柔軟性や強度、耐久性を維持するために、複数の生分解性プラスチックを混合して生分解性マルチフィルムを成形している。ポリ乳酸は常温では分解し難いのだが、高温の堆肥中では急速に低分子化するため、生分解性プラスチックに分類されている。
発表論文
Kitamoto H, Koitabashi M, Sameshima-Yamashita Y, Ueda H, Takeuchi A, Watanabe T, Sato S, Saika A, Fukuoka T(2023)Accelerated degradation of plastic products via yeast enzyme treatment. Scientific Reports. 13, 2386 https://doi.org/10.1038/s41598-023-29414-1
参考資料
1 研究成果「葉の表面に棲む生分解性プラスチック分解酵母」
https://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/result/result24/result24_12.html
2 研究成果「生分解性プラスチック分解性の簡単な評価方法」
https://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/result/result29/result29_44.html
3 研究成果「植物常在真菌の酵素が生分解性プラスチックを急速に崩壊させる仕組み」
https://www.naro.go.jp/project/results/4th_laboratory/niaes/2017/niaes17_s17.html
4 研究成果「生分解性プラスチック製マルチの土壌中での分解を葉面酵母の酵素塗布処理で加速させる」
https://www.naro.go.jp/project/results/4th_laboratory/niaes/2019/niaes19_s10.html
5 研究成果「キシロースを用いた生分解性プラスチック(生プラ)分解酵素の大量生産」
https://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/result/result30/result30_46.html
参考図
図1 市販の生分解性マルチフィルムへのPaE散布処理試験の様子
図2 市販の生分解性マルチフィルム(黒)を、野菜を栽培せずに2か月展張した後に、PaE散布処理を行った区(白い着色が認められる部分、幅0.5m)は、処理翌日に目視で確認できる亀裂が発生した。黒色の部分は酵素処理をしていない。
図3 散布処理翌日(24時間後)のマルチフィルムの表面。散布処理に使用したPaEの濃度(ユニットUで表示)が高いほどマルチフィルム表面にミクロレベルで亀裂が生じる。ユニット(U)は酵素の力価を示す。ここでは生分解性プラスチックPBSAエマルジョンの660nmにおける吸光度を1下げる酵素の量を1Uとしている。
図4 PaE散布処理をすると翌日(24時間後)にはマルチフィルムの強度が下がり、鋤き込み後に回収された断片の総重量が減った。箱ヒゲ図の箱の上下は分布の両端から25%の分布範囲を、中央線は中央値を表す。ヒゲの上下は5%の分布範囲を表す。
図5 PaE散布処理をすると翌日(24時間後)にはマルチフィルムは、薄く壊れやすくなっており、鋤き込み直後に目視で確認できる大きな断片が減る。
図6 バイオマス原料由来の生分解性プラスチックと分解酵素を組み合わせたプラスチックの循環利用