2023.03.09(木) |
自動撮影によって赤とんぼの定量的調査に成功
福島県の営農再開水田等で実証(国立環境研究所
福島県農業総合センター、農研機構)
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国立環境研究所、福島県農業総合センター、農研機構東北農業研究センターらの研究チームは、独自に開発した自動撮影装置を用いて福島県の水田において赤とんぼ類(アカネ属)の調査を行った。その結果、秋の成虫個体数調査と自動撮影調査の結果が一致すること、またアカネ属の一種であるノシメトンボに関しては、秋の自動撮影調査の結果から翌年に羽化するヤゴの個体数をある程度予測できることが明らかになった。
この結果は、生息場所として陸上と水中の両方を必要とする里地里山環境の指標昆虫である赤とんぼ類に自動撮影による定量的な調査が適用できることを示した世界初の研究成果となる。本成果は里地里山再生の評価の効率化に寄与するともに、生物多様性モニタリング技術発展の礎となることが期待される。本研究の成果は、2023年2月28日付で生命科学•環境科学分野の学術専門誌『PeerJ』に掲載された。
研究の背景と目的
アキアカネ、ノシメトンボ等のアカネ属に属するとんぼの仲間、いわゆる「赤とんぼ」は秋の田んぼの風物詩として我が国では広く親しまれている身近な生き物だ。しかし近年、農薬や耕作放棄、温暖化によるその生息数への影響も懸念され、赤とんぼは田んぼを含む里地里山環境の健全性を示す指標生物であるとも言える。
赤とんぼの生息数を調べる方法として、従来は秋の成虫や、初夏の新成虫が脱皮したヤゴの羽化殻 1を目視で数えるのが一般的でしたが、天候などの影響を受けやすく、同じ条件で大量のデータを得ることは難しいのが現状だ。
その解決策として、国立環境研究所福島地域協働研究拠点の吉岡明良主任研究員らの研究チームは、秋に赤とんぼ成虫がよく竿の先にとまる性質に着眼することで、赤とんぼを自動撮影できる装置(「とまって撮るよ、竿の先―赤とんぼ類自動撮影装置を発明」 https://www.nies.go.jp/whatsnew/20200918/20200918.html参照)を発明した(図1)。
しかし、自動撮影によって田んぼの赤とんぼの個体数を評価することができるかはわかっていなかった。また、たとえ秋の田んぼにおける赤とんぼ類の成虫個体数を自動撮影で調査できたとしても、それが初夏のヤゴ羽化殻数とどのような関係にあるのかも不明でした。陸上の赤とんぼを調べることで水中の環境の影響を強く受けるヤゴの羽化殻数の情報も得られるならば、自動撮影が里地里山環境をより包括的に評価できる可能性が期待できる。
それらを明らかにするため、同研究チームは福島県の田んぼにおいて自動撮影装置を設置するとともに、目視による成虫とヤゴ羽化殻調査を実施し、それらの調査結果の関係を分析した。調査地となった田んぼには東京電力福島第一原子力発電所事故による営農中断から稲作を再開した田んぼも含まれており、本研究は営農再開水田における里地里山の生物多様性を評価する研究プロジェクトの一環として実施された。
図1. 田んぼの主要な赤とんぼであるノシメトンボ(左上)とアキアカネ(右上)及び自動撮影装置で撮影されたノシメトンボ(左下)とその他アカネ属(右下)、その他アカネ属はアキアカネと思われる
研究手法
調査で用いられた自動撮影装置は2つの光センサーが内蔵された棒とマイコン、カメラから構成されており、棒の先にとんぼがとまると2つある光センサーのうち片方だけが反応することを利用してトンボを自動撮影することができるもの。アキアカネのような棒の先にとまる性質を持つ赤とんぼの調査に有効であることが期待されていた。
その後、自動撮影された画像を確認してアカネ属が撮影されたものを集計した。撮影されたアカネ属は、翅の先端に特徴的な模様があり容易に同定できる「ノシメトンボ」と「その他のアカネ属 2」に分類された。そして、新しい赤とんぼの個体数の指標候補として、各分類群の撮影頻度を装置が稼働していた期間で割った「日あたり撮影頻度」を算出し、目視調査による個体数との関係を統計解析によって確認した。
また、秋の日あたり撮影頻度と翌年初夏のヤゴの羽化殻数の関係も解析した。秋の赤とんぼの成熟成虫は採餌や産卵に適した陸上•水上の環境の状態を指標していると考えられる一方で、初夏に田んぼから発生する新成虫の羽化殻は水中環境の状態も反映していると考えられる。
研究結果と考察
図2. 秋の目視成虫調査結果と自動撮影調査との関係
調査の結果、一般化線形混合モデル 3と呼ばれる統計解析手法により「ノシメトンボ」「その他のアカネ属」ともに日あたり撮影頻度と秋の目視調査による個体数には統計学的に有意な正の関係があることが明らかになった(図2)。このことは自動撮影頻度によって田んぼにおける赤とんぼ類成虫の相対的な個体数を指標できることを示唆している。
この違いはノシメトンボとアキアカネの移動分散に関する生活史の違いを反映しているかもしれない。ノシメトンボもアキアカネも羽化した新成虫は成熟前に一旦田んぼから離れるのだが、ノシメトンボは羽化した田んぼの近くの樹林で生活するのに対して、アキアカネは数十キロ離れた高地に移動する場合もあることが知られている。すなわち、高い移動性をもつアキアカネの成虫は、あまりヤゴの生息に適していない田んぼにも多く集まってくる可能性がある。
加えて、3年間の調査期間を通してノシメトンボはヤゴの羽化殻調査では2地区、秋の個体数調査では5地区でしか記録されていないが、自動撮影では6地区で観測された。このことは、一般的にはシーズン中に数日間程度に限られる従来の目視調査と比べて数十日稼働することで高い検出力を得ることができたことを示しており、自動撮影調査ならではの強みと解釈できる。
4」が適用可能であることが示されたと言える。
図3. 秋の自動撮影調査と翌年初夏の目視羽化殻調査の関係
ノシメトンボのグラフには、一般化線形混合モデルに基づく予測値(回帰曲線)を記した。
今後の展望
自動撮影装置による定量的な調査が可能なことが確認されたことで、今後は里地里山再生による生物多様性回復の評価への貢献が見込まれる。例えば、福島県内の営農再開水田において営農再開とともに戻ってくる赤とんぼを確実に把握するのに有用であると言える。また、この装置は水辺でない場所、人が立ち入りにくい場所でも使えるので、営農再開前の避難指示区域等の調査への応用も期待できる。
注釈
この結果は、生息場所として陸上と水中の両方を必要とする里地里山環境の指標昆虫である赤とんぼ類に自動撮影による定量的な調査が適用できることを示した世界初の研究成果となる。本成果は里地里山再生の評価の効率化に寄与するともに、生物多様性モニタリング技術発展の礎となることが期待される。本研究の成果は、2023年2月28日付で生命科学•環境科学分野の学術専門誌『PeerJ』に掲載された。
研究の背景と目的
アキアカネ、ノシメトンボ等のアカネ属に属するとんぼの仲間、いわゆる「赤とんぼ」は秋の田んぼの風物詩として我が国では広く親しまれている身近な生き物だ。しかし近年、農薬や耕作放棄、温暖化によるその生息数への影響も懸念され、赤とんぼは田んぼを含む里地里山環境の健全性を示す指標生物であるとも言える。
赤とんぼの生息数を調べる方法として、従来は秋の成虫や、初夏の新成虫が脱皮したヤゴの羽化殻 1を目視で数えるのが一般的でしたが、天候などの影響を受けやすく、同じ条件で大量のデータを得ることは難しいのが現状だ。
その解決策として、国立環境研究所福島地域協働研究拠点の吉岡明良主任研究員らの研究チームは、秋に赤とんぼ成虫がよく竿の先にとまる性質に着眼することで、赤とんぼを自動撮影できる装置(「とまって撮るよ、竿の先―赤とんぼ類自動撮影装置を発明」 https://www.nies.go.jp/whatsnew/20200918/20200918.html参照)を発明した(図1)。
しかし、自動撮影によって田んぼの赤とんぼの個体数を評価することができるかはわかっていなかった。また、たとえ秋の田んぼにおける赤とんぼ類の成虫個体数を自動撮影で調査できたとしても、それが初夏のヤゴ羽化殻数とどのような関係にあるのかも不明でした。陸上の赤とんぼを調べることで水中の環境の影響を強く受けるヤゴの羽化殻数の情報も得られるならば、自動撮影が里地里山環境をより包括的に評価できる可能性が期待できる。
それらを明らかにするため、同研究チームは福島県の田んぼにおいて自動撮影装置を設置するとともに、目視による成虫とヤゴ羽化殻調査を実施し、それらの調査結果の関係を分析した。調査地となった田んぼには東京電力福島第一原子力発電所事故による営農中断から稲作を再開した田んぼも含まれており、本研究は営農再開水田における里地里山の生物多様性を評価する研究プロジェクトの一環として実施された。
図1. 田んぼの主要な赤とんぼであるノシメトンボ(左上)とアキアカネ(右上)及び自動撮影装置で撮影されたノシメトンボ(左下)とその他アカネ属(右下)、その他アカネ属はアキアカネと思われる
研究手法
調査で用いられた自動撮影装置は2つの光センサーが内蔵された棒とマイコン、カメラから構成されており、棒の先にとんぼがとまると2つある光センサーのうち片方だけが反応することを利用してトンボを自動撮影することができるもの。アキアカネのような棒の先にとまる性質を持つ赤とんぼの調査に有効であることが期待されていた。
その後、自動撮影された画像を確認してアカネ属が撮影されたものを集計した。撮影されたアカネ属は、翅の先端に特徴的な模様があり容易に同定できる「ノシメトンボ」と「その他のアカネ属 2」に分類された。そして、新しい赤とんぼの個体数の指標候補として、各分類群の撮影頻度を装置が稼働していた期間で割った「日あたり撮影頻度」を算出し、目視調査による個体数との関係を統計解析によって確認した。
また、秋の日あたり撮影頻度と翌年初夏のヤゴの羽化殻数の関係も解析した。秋の赤とんぼの成熟成虫は採餌や産卵に適した陸上•水上の環境の状態を指標していると考えられる一方で、初夏に田んぼから発生する新成虫の羽化殻は水中環境の状態も反映していると考えられる。
研究結果と考察
図2. 秋の目視成虫調査結果と自動撮影調査との関係
調査の結果、一般化線形混合モデル 3と呼ばれる統計解析手法により「ノシメトンボ」「その他のアカネ属」ともに日あたり撮影頻度と秋の目視調査による個体数には統計学的に有意な正の関係があることが明らかになった(図2)。このことは自動撮影頻度によって田んぼにおける赤とんぼ類成虫の相対的な個体数を指標できることを示唆している。
この違いはノシメトンボとアキアカネの移動分散に関する生活史の違いを反映しているかもしれない。ノシメトンボもアキアカネも羽化した新成虫は成熟前に一旦田んぼから離れるのだが、ノシメトンボは羽化した田んぼの近くの樹林で生活するのに対して、アキアカネは数十キロ離れた高地に移動する場合もあることが知られている。すなわち、高い移動性をもつアキアカネの成虫は、あまりヤゴの生息に適していない田んぼにも多く集まってくる可能性がある。
加えて、3年間の調査期間を通してノシメトンボはヤゴの羽化殻調査では2地区、秋の個体数調査では5地区でしか記録されていないが、自動撮影では6地区で観測された。このことは、一般的にはシーズン中に数日間程度に限られる従来の目視調査と比べて数十日稼働することで高い検出力を得ることができたことを示しており、自動撮影調査ならではの強みと解釈できる。
4」が適用可能であることが示されたと言える。
図3. 秋の自動撮影調査と翌年初夏の目視羽化殻調査の関係
ノシメトンボのグラフには、一般化線形混合モデルに基づく予測値(回帰曲線)を記した。
今後の展望
自動撮影装置による定量的な調査が可能なことが確認されたことで、今後は里地里山再生による生物多様性回復の評価への貢献が見込まれる。例えば、福島県内の営農再開水田において営農再開とともに戻ってくる赤とんぼを確実に把握するのに有用であると言える。また、この装置は水辺でない場所、人が立ち入りにくい場所でも使えるので、営農再開前の避難指示区域等の調査への応用も期待できる。
注釈
- 田んぼから発生したアカネ属の新成虫はすぐに飛び立ってしまうため直接数えることは難しいものの、ヤゴ(幼虫)の羽化殻は稲の株の上に数日間残るため比較的調査しやすいとされている。そのため、ヤゴの羽化殻調査は田んぼのトンボ類を調べる標準的な手法の一つになっているが、アカネ属の羽化殻は発生期間が短い、雨に流されるなど天候の影響を受けやすい、その場で同定しにくい種もいるといった課題もある。
- 撮影された「その他のアカネ属」はほとんどが優占種である「アキアカネ」だと考えられますが、画像の解像度では区別できない「ナツアカネ」等が少数含まれている可能性がある。
- ある変数(ノシメトンボの自動撮影頻度等)に他の変数が及ぼす効果とその不確実性(偶然かそうでないか)を推定するための統計解析手法の一つ。調査年や調査地区の違いによる結果のばらつきを制御した推定を行うのに適している。
- 熱赤外線カメラで自動撮影しやすい哺乳類を中心に発展している自動撮影カメラを用いた個体数調査方法。一般的にはどちらの地点で多いか少ないかといった相対的な個体数•密度を測定することができる(本研究もこれに該当)が、工夫次第では標識再捕獲法のようにある範囲に何個体いるかという個体数そのものを推定することができる可能性もある。
研究助成
本研究はJSPS科研費18K05931、21H03656の支援を受けて実施された。
発表論文
【タイトル】
Camera-trapping estimates of the relative population density of Sympetrum dragonflies: Application to multihabitat users in agricultural landscapes
【著者】
Akira Yoshioka, Toshimasa Mitamura, Nobuhiro Matsuki, Akira Shimizu, Hirofumi Ouchi, Hiroyuki Oguma, Jaeick Jo, Keita Fukasawa, Nao Kumada, Shoma Jingu, Ken Tabuchi
【掲載誌】PeerJ
【URL】https://peerj.com/articles/14881/(外部サイトに接続する)
【DOI】10.7717/peerj.14881(外部サイトに接続する)
この研究に関するお問い合せは国立研究開発法人国立環境研究所 福島地域協働研究拠点 環境影響評価研究室 主任研究員 吉岡明良まで。