2022.11.21(月)

「水稲無コーティング種子代かき同時浅層土中播種栽培」
標準作業手順書を公開、種子コーティングを省略できる
低コストで省力的な水稲栽培技術

   農研機構は、水稲の湛水直播栽培に必須であった種子コーティングが不要で、省力•低コストを実現した栽培技術を開発し普及を進めている。本栽培技術の普及をさらに進めるため、標準作業手順書を作成し、本日ウェブサイトで公開した。標準作業手順書の公開により、本技術の普及拡大が期待できる。
水稲の湛水直播
1)栽培では 苗立ち 2)をよくするために種子に鉄粉等をコーティングする 種子コーティング 3)が一般的だが、コスト、手間、技術が必要などの問題点があった。

   そこで農研機構は種子コーティングが不要で、 代かき 4)と同時に播種できる「無コーティング種子代かき同時浅層土中播種栽培技術」を開発し、本日この技術に関する 標準作業手順書 5)を公開した。標準作業手順書はこれまで普及に使用してきた簡単なマニュアルをより詳しく充実させ現場の指導者や生産者に役だつものとなっている。
   標準作業手順書には、技術の特徴や導入条件、必要な機械、栽培上のポイントのほか、導入事例や導入効果、導入した際に生じやすい問題点と対策についても記載した。本標準作業手順書の公開により、経営規模拡大により苗を育てるビニルハウスが足りない、移植や収穫作業の時期が集中して困っている、あるいは育苗•移植の省力化を図りたいなどの理由で直播栽培技術の導入を新たにお考えの方や、これまでの直播栽培をより省力化したい方への普及拡大が期待される。【標準作業手順書掲載URL】水稲無コーティング種子代かき同時浅層土中播種
栽培
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/laboratory/naro/sop/ 154591.html
<関連情報>
予算等:生研支援センタープロジェクト「攻めの農林水産業の実現に向けた革新的技術緊急展開事業」「革新的技術開発•緊急展開事業(うち地域戦略プロジェクト、経営体強化プロジェクト)」、「イノベーション創出強化研究推進事業」(JPJ007097)
   また、本研究課題は農林水産省が推進する産学連携研究の仕組みの「知」の集積と活用の場産学官連携協議会において組織された研究開発プラットフォームうち「東北農業のイノベーション技術創造」研究開発プラットフォームからイノベーション創出強化研究推進事業に応募された課題だ。
「知」の集積と活用の場について(URL: https://www.knowledge.maff.go.jp/
問い合わせ先など
研究推進責任者:農研機構東北農業研究センター所長 川口健太郎
研究担当者:同水田輪作研究領域水田輪作グループ長 国立卓生
広報担当者:同広報チーム長 櫻 玲子
 
<詳細情報>
開発の社会的背景
   米生産者の高齢化やそれに伴う担い手への農地集積と大規模化が進んでいる。従来の移植栽培では育苗ハウスを必要とするほか、育苗や移植作業にも多くの労力を割いている。さらに近年、大規模経営では春作業と収穫作業が短期間に集中してしまい、移植栽培だけでは適期に作業をこなしきれなくなってきている。そのため省力的で、作業時期が移植栽培とずれる直播栽培の導入面積が全国的に増加してきており、2020年の直播栽培面積は34,854haに達している。しかし、まだ水稲作付面積の約2.4%に過ぎない。
   直播栽培面積の61%を占める湛水直播栽培では、一般に種子に鉄粉等をコーティングして苗立ちを安定化させるが、コーティングには費用、手間、技術が必要という問題がある。加えて不適切なコーティングは、播種機の詰まりのほか、鉄コーティングの場合は固まる時の発熱による種子の発芽不良が苗立ちに失敗する原因にさえなっている。そこでより多くの生産者が湛水直播栽培に取り組みやすくするため種子コーティングをしない湛水直播栽培法を開発することにした。<研究の経緯>
   従来の湛水直播栽培では、土の表面に播種する場合は種子の浮き上がり及び鳥害を防ぐための鉄コーティング、深さ1cmの土中に播種する場合は出芽をよくするための べんモリコーティング 6)過酸化カルシウム 7)資材のコーティングが必要でした。種子コーティングを省略し出芽を良くするためには、深さ5mm以内の浅い土中に播種する必要があると考えた。
   そこで5mm以内の浅い土中に播種できる「代かき同時浅層土中播種機」( 写真1、(株)石井製作所より販売中)を、(株)石井製作所、山形大学と共同で開発した。さらに苗立ちをより安定させるため、出芽がよい「根出し種子」(根だけを少し伸ばした種子)技術を開発し( 写真2)、鉄コーティング種子を使用した場合と同程度の苗立ちを実現した( 図1)。
   農研機構では「ゆみあずさ」や「ちほみのり」など倒伏に強く直播栽培に向く 多収品種 8)を育成してきた。これらの品種を用いることで代かき同時浅層土中播種の弱点である 倒伏 9)を軽減できた。これまではマニュアルなどにより代かき同時浅層土中播種栽培の紹介と普及に努めてきたが、より一層の普及を図るために実際の導入事例、成功事例、経営的評価も示すことで、内容をより実践的な標準作業手順書として充実させた。
<研究の内容•意義>
   本標準作業手順書では、生産者が本技術を導入するに当たり必要な情報や、導入した際に生じやすい問題点や対策について説明している。
<標準作業手順書の構成>
1章(技術の特徴)では、水稲無コーティング種子代かき同時浅層土中播種栽培技術の特徴についてこれまでの種子コーティング技術と比較し解説している。代かき同時浅層土中播種機は5mm以内の浅い土中に播種でき、種子コーティングしない湛水直播を可能にした( 図2)。播種深が浅いので出芽に支障がないのに加え、土中であるので 転び苗 10)にならず、鳥に見つかりにくくなる。倒伏しやすくなる弱点は、倒伏に強い品種を用いることで補う。
2章(導入条件)では、水稲無コーティング種子代かき同時浅層土中播種栽培の準備として必要な品種やほ場条件を解説している。
3章(栽培管理)では、種子準備~播種~初期の栽培管理~鳥害対策を解説している。「根出し種子」は根のみを0.5~5mm程度に伸ばした種子で、生産者が所有している催芽器や育苗器を使って作る。これを播種することで、従来使われてきた少しだけ発芽した「鳩胸催芽種子」より苗立率が高くなる傾向を確認できた( 図1)。本栽培法では従来の湛水直播と比べて、イネの初期の葉齢の進みが同じまたは早く、ノビエの葉齢は代かき同時播種により遅く進むため、イネとノビエの葉齢で決まる除草剤の散布適期の日数が長い特徴があり、除草効果が安定しやすいと考えられる( 図3)。
4章(導入事例)では導入事例や成功事例を示し、導入効果をイメージしやすくした。さらに失敗事例も示し、失敗しがちなポイントや問題点の対策を分かり易く示した。具体的な失敗事例は付録とした。倒伏に強い品種を用いた現地実証試験で、従来技術の鉄コーティング直播と同程度の収量(599kg/10a)が得られた。
5章(技術導入の経営的評価)では、無コーティング直播栽培の導入により移植栽培より労働時間が少なくなるため労働費等費用が低くなることに加え、耐倒伏性多収品種(ゆみあずさなど)を用いることで、ブランド米品種(あきたこまち)の移植栽培より多収となり、販売単価が安くても売り上げが高くなるため、ブランド米品種の移植栽培より利益が多くなることを示した。
6章(その他)では、播種機の購入、問い合わせ先を記載した。巻末には本標準作業手順書における用語解説、参考資料などを掲載した。
<今後の予定•期待>
   水稲無コーティング種子代かき同時浅層土中播種栽培と耐倒伏性の強い多収品種を組み合わせることで、生産者には軽労化、作業分散、低コスト化、収益向上が見込める。手ごろな価格で供給できる米の増加により、供給が不足している外食や中食等への供給拡大が期待できる。現在、さらなる普及拡大のために、安定栽培技術の開発、適用地域の拡大、大型播種機の開発を県や大学、メーカーと協力して進めている。
<用語の解説>
1) 湛水直播 育苗をせず、代かきをしたほ場に直接種籾を播種すること
2) 苗立ち ほ場に播種した種籾が出芽して正常に生育すること
3) 種子コーティング 鉄やモリブデン、過酸化カルシウム等を種子にコーティングして、苗立ちを
 よくする技術
4) 代かき ほ場の水と土をかき混ぜて田面を平らにし、水漏れを抑え、田植えや播種をしやすくす
  る作業
5) 標準作業手順書(SOP: Standard Operating Procedures) 技術の必要性、導入の条件、具体
    的な手順、導入例、効果等を記載した手順書。農研機構は重要な技術についてSOPを作成し社
    会実装(普及)を進める方針としている。
6) べんモリコーティング 出芽に有害な硫化水素の発生を抑制するモリブデンと種子を重くするべ
  んがら(色素用の酸化鉄)の混合資材をコーティングする技術。
7) 過酸化カルシウム カルシウムと酸素の化合物。種子にコーティングして播種することで、酸素
    を発生させ、種子周辺土壌に酸素を供給し出芽率を高める効果がある。
8) 多収品種 一般的な品種より収量が多い品種。
9) 倒伏 作物が風雨により、収穫前に倒れてしまうこと。
10) 転び苗 播種した種子の根が伸長する際に土中に十分に入らず、逆に稲体を持ち上げてしまう
      ことで転んだ苗。生育が悪くなったり、倒伏の原因になる。
<発表論文>
1. 伊藤景子•白土宏之•大平陽一•川名義明. 2018. 代かき同時浅層土中播種機を用いた水稲無コー
 ティング種子湛水直播栽培における根出し種子による苗立ち向上.日作紀 87: 140-146.
2. 伊藤景子•白土宏之•今須宏美•古畑昌巳•川名義明. 2022. 寒冷地の水稲無コーティング種子代
  かき同時浅層土中播種栽培の現地圃場における根出し種子による苗立率と初期生育の向上. 日
    作紀 91: 9-15.
3. 笹原和哉•白土宏之•稲葉修武•今須宏美•伊藤景子. 2020. 無コーティング湛水直播技術の経営
  的効果と推奨する経営類型に関する考察. 東北農業研究 73: 115-116.
4. 白土宏之•大平陽一•山口弘道•福田あかり 2015. 寒冷地の水稲催芽種子の代かき同時湛水直播
  栽培における代かき回数と播種様式が苗立ち・収量に与える影響. 日作紀 84: 426-431.
5. 白土宏之•安藤正•浅野目謙之•松田晃•川名義明•片平光彦•小野洋•菅原金一•伊藤景子•大平陽
  一•山口弘道 2016. 寒冷地の現地圃場における水稲の無コーティング催芽種子を用いた代かき
  同時浅層土中播種の作業性、苗立および収量. 日作紀 85: 178-187.
6. 白土宏之•伊藤景子•今須宏美•大平陽一•川名義明. 2020. 水稲無コーティング種子の代かき同
  時浅層土中播種栽培に適した播種後水管理. 日作紀 89: 185-194.
 
<参考図>


図1 根出し種子の苗立率向上効果 伊藤ら(2022)より作図、バーは標準誤差(n=6)。

図2 代かき同時浅層土中播種でコーティングが不要になる理由

図3 湛水直播の方法別にみた一発処理除草剤の散布適期(ノビエの例)