2022.11.17(木) |
(研究成果)大豆への灌水適期を伝える「大豆灌水支援
システム」の一般利用がスタート、国産大豆の安定多収に
資する乾燥害対策向けWebシステム(農研機構)
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農研機構は大豆が
乾燥ストレス
1)を被る時期を推定しアラートを発出するWebシステム、「大豆
灌水
2)支援システム」を開発し、2022年4月より本成果を含むWebサービスを民間企業が提供している。このサービスの利用により大豆の乾燥ストレスが容易に把握でき、アラートにしたがって適期灌水を行うことで、大豆の収量向上が期待できる。
大豆の収量を高めるには、 湿害 3)を防ぐと同時に乾燥ストレスを軽減することが重要だ。しかし、日本の大豆の多くは水はけの悪い水田転換畑に栽培されているため、生産者は湿害のおそれから灌水には消極的でした。また乾燥ストレスを被る時期は気象、土壌、栽培方法に大きく左右されるため、乾燥ストレスの発生を早期に見極め、適期灌水を行うには熟練が必要であった。
そこで農研機構では、灌水適期をだれでも簡単に判断できるようにするため、大豆が乾燥ストレスを被る時期を推定し、アラートを発出するWebシステム「大豆灌水支援システム」を開発した。生産者が営農情報をWeb上に入力することで、1 kmメッシュ農業気象情報 4)を活用し灌水適期をリアルタイムで知ることができる。
本システムは(株)ビジョンテック( https://www.vti.co.jp/contact.html)によるサービス提供により、2022年4月から一般利用が可能となっている。本システムがアラートを発出するタイミングで適期に灌水することで、大豆の収量が10%増収することを実証している。本システムで大豆の乾燥ストレスを「見える化」し、適期灌水の普及とこれに伴う収量増が期待される。
<関連情報>
予算: 内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」(管理法人: 生研支援センター)、国立研究開発法人農業•食品産業技術総合研究機構 スマート農業技術の開発•実証プロジェクト及びスマート農業加速化実証プロジェクト「東北日本海側1年1作地帯の大規模水稲•大豆輪作集落営農型法人におけるスマート農業による生産性向上の実証」(管理法人: 生研支援センター)
問い合わせ先など
研究推進責任者:農研機構東北農業研究センター所長 川口健太郎
研究担当者:同水田輪作研究領域主席研究員 髙橋智紀
広報担当者:同広報チーム長 櫻 玲子
<詳細情報>
開発の社会的背景
日本の大豆の消費量は長期的に減少傾向でしたが、健康への意識の高まり等を背景として2014年を境に復調し、2020年現在では食品用としての大豆の消費量は105万t/年となっている。これに対して、国内の大豆生産量は伸び悩んでおり、その要因として収量の停滞が挙げられる。こうした需給の問題を解決するためには大豆の収量を増加させることが重要な課題だ。
日本の大豆の多くは、水はけの悪い水田転換畑に栽培されていることから、湿害対策に大きな関心が払われてきた。一方で雨の少ない時期には乾燥ストレスを軽減することも重要だが、生産者は湿害のおそれから大豆への灌水には消極的でした。また乾燥ストレスを被る時期は気象、土壌、栽培方法に大きく左右されるため生産者が乾燥ストレスを見極め、適期灌水を行うことは容易ではない。灌水適期が容易に分かる技術ができれば、生産者は湿害の心配をせずに灌水ができるようになり、灌水の実施率は高まり、大豆の安定多収に貢献できると考える。
<研究の経緯>
農研機構に蓄積されている気象や土壌のデータベースを活用し、これらに生産者が持っている栽培法などの営農情報のデータを加えることで、ほ場の水収支から土壌水分の変化をリアルタイムで推定するアルゴリズム(計算方法)「大豆灌水支援システム」を作成した( 図1)。
Webサービスを開発する(株)ビジョンテックとの共同研究により、2019年にこのアルゴリズムを実行するWebサービスの試行版を開発した。2019~2020年の2年間実施した秋田県の生産者が管理する水田転換畑でこの試行版を活用した実証試験等では、灌水によって収量が10%増加した( 表1)。2021年にはWebベンダーが容易に活用できる Web API 5)を開発した。
2022年9月現在、この「大豆灌水支援システム」は2社との利用許諾契約を交わしている。このうち今年度から(株)ビジョンテックの運営するサービス、「栽培管理支援情報サービス SAKUMO https://sakumo.info/」によって一般の生産者が利用できるようになる。また、(株)オプティム( https://www.optim.co.jp/)が実装に向けて生産者が参画した実証をスタートさせている。
<研究の内容•意義>
1. 本システムの概要
生産者はWebサービスに栽培法(苗立ち日等)などの営農情報のデータを加えると、乾燥ストレスの指標値を得ることができる( 図1)。従来の手法のようにほ場への土壌水分センサーの設置等を行う必要はない。また、気象情報には予報値も含まれているため、9日先までの乾燥ストレスの推定値を知ることも出来る。
2. 推定の精度と収量に対する効果
本システムは土壌水分を精度よく推定でき( 図2)、灌水が必要な時期を実用上問題ない精度で知ることができる。秋田県大仙市において、このシステムがアラートを発出したタイミングで灌水を行うという条件で5年間の実証試験を複数の試験地にて実施し、大豆の収量が平均10%増加することが示された( 表1)。
3. 本システムが土壌水分を推定する原理
本システムは WAGRI 6)に置かれており、ほ場の水収支と土壌情報をもとにほ場の土壌水分を推定する( 図3)。水収支の推定に必要な気象情報は、農研機構が管理する1kmメッシュ農業気象情報から得たデータを用いる。また、土壌水分の推定に必要な土壌情報は、農研機構が管理する 日本土壌インベントリー 7)等を参照することにより求めることができる。
<今後の予定・期待>
現在のところ、日本の大豆作における灌水の実施面積割合はわずかだ。灌水の実施面積割合が小さい背景には、生産者にとって乾燥ストレスの見極めが難しく、灌水適期が見過ごされがちであるという問題があった。このシステムの普及により乾燥ストレスが見える化され、乾燥ストレスへの対処の重要性について生産者により深く理解していただくことができ、適期灌水の実施による収量増が見込める。
今後、本システムの普及拡大のために、多くの地域での実証やそれに伴うシステムの改良を行いさらに精度が高く使いやすいシステムへと改良していく予定だ。また、Webベンダーへの更なるサービス展開の働きかけ等によりシステムの普及を進めている。
<用語の解説>
1) 乾燥ストレス 植物が乾燥により水分欠乏状態になったときに起こるストレス。主に光合成が阻害され生育不良となる。
2) 灌水 水を必要とするほ場に給水すること。
3) 湿害 土壌の過湿を原因とし作物が生育不良となること。
4) 1kmメッシュ農業気象情報 気象情報が農業現場で有効に活用されることを目指して、農研機構が開発•運用する気象データサービス( https://amu.rd.naro.go.jp/)。14種類の気象要素について全国の日別データを、約1km四方(基準地域メッシュ)を単位に提供している。
5) Web API(Web Application Programming Interface)HTTPを用いてネットワーク経由で異なるアプリケーションをつなぐためのインターフェース。Web APIを利用することで、民間業者などが、大豆灌水支援システムを使うための独自のサービスを容易に生産者等に提供できるようになる。
6) WAGRI 農業データ連携基盤(WAGRI)は、内閣府•戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」で開発されたデータ連携のためのプラットフォーム( https://wagri.naro.go.jp/)。WAGRIに参画することで民間企業の様々な有償データに加えて、農業関係の様々な公的なデータ(土地•地図情報、土壌、気象、市況など)やサービス(作物生育•収量予測など)を商用利用することができる。
7) 日本土壌インベントリー 土壌の種類や特性等について総合的な調査をもとに、農研機構が開発•運用している日本全国の土壌情報に関するWebサイト( https://soil-inventory.rad.naro.go.jp/)。
8) ほ場容水量 土壌の水分状態の1つ。強い雨が降った2~3日後の余剰水が排水された状態の土壌の体積当たりの水分率。
9) 永久しおれ点 土壌の水分状態の1つ。乾燥により作物は永久に萎凋する状態の土壌の体積当たりの水分率。
発表論文等
1.熊谷悦史ら2018. 農研機構東北農業研究センターの過去33年間の生産力検定試験におけるダイズ収量と土壌乾燥との関係-農研機構メッシュ農業気象データとFAO56 モデルによる解析-、日作紀、87:233-241
2.髙橋智紀2019. ダイズ畑における潅水意思決定支援のための土壌水分予測システム、農研機構研究成果情報
3.髙橋智紀2021. ダイズへの適期灌水を実現するための灌水支援システム農研機構普及成果情報
参考図
図1大豆灌水支援システムの概
表1 大豆灌水支援システムを使った適期灌水の増収効果†
(秋田県大仙市2016~2020年の平均値)
†2016~2018年は坪刈り収量、2019~2020年は全刈り収量の結果。
対応があるt検定により危険率5%以下で有意に収量が増加(n=5)。
‡「収量比」は2016~2020年の各収量比を平均した値
図2 4地点でのシステムによる予測値と土壌水分の実測値の比較
2015年の結果。推定に用いた ほ場容水量 8) 及び永久しおれ点 9)は実測値を用いた。二乗平均平方根誤差RMSEは推定値がほ場容水量以上になった日を除いた値。盛岡は黒ボク土、その他は沖積土。刈和野は畑地、その他は水田転換畑。いずれのほ場も灌水は行っていない例。
図3 大豆灌水支援システムの土壌水分推定原理
大豆の収量を高めるには、 湿害 3)を防ぐと同時に乾燥ストレスを軽減することが重要だ。しかし、日本の大豆の多くは水はけの悪い水田転換畑に栽培されているため、生産者は湿害のおそれから灌水には消極的でした。また乾燥ストレスを被る時期は気象、土壌、栽培方法に大きく左右されるため、乾燥ストレスの発生を早期に見極め、適期灌水を行うには熟練が必要であった。
そこで農研機構では、灌水適期をだれでも簡単に判断できるようにするため、大豆が乾燥ストレスを被る時期を推定し、アラートを発出するWebシステム「大豆灌水支援システム」を開発した。生産者が営農情報をWeb上に入力することで、1 kmメッシュ農業気象情報 4)を活用し灌水適期をリアルタイムで知ることができる。
本システムは(株)ビジョンテック( https://www.vti.co.jp/contact.html)によるサービス提供により、2022年4月から一般利用が可能となっている。本システムがアラートを発出するタイミングで適期に灌水することで、大豆の収量が10%増収することを実証している。本システムで大豆の乾燥ストレスを「見える化」し、適期灌水の普及とこれに伴う収量増が期待される。
<関連情報>
予算: 内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」(管理法人: 生研支援センター)、国立研究開発法人農業•食品産業技術総合研究機構 スマート農業技術の開発•実証プロジェクト及びスマート農業加速化実証プロジェクト「東北日本海側1年1作地帯の大規模水稲•大豆輪作集落営農型法人におけるスマート農業による生産性向上の実証」(管理法人: 生研支援センター)
問い合わせ先など
研究推進責任者:農研機構東北農業研究センター所長 川口健太郎
研究担当者:同水田輪作研究領域主席研究員 髙橋智紀
広報担当者:同広報チーム長 櫻 玲子
<詳細情報>
開発の社会的背景
日本の大豆の消費量は長期的に減少傾向でしたが、健康への意識の高まり等を背景として2014年を境に復調し、2020年現在では食品用としての大豆の消費量は105万t/年となっている。これに対して、国内の大豆生産量は伸び悩んでおり、その要因として収量の停滞が挙げられる。こうした需給の問題を解決するためには大豆の収量を増加させることが重要な課題だ。
日本の大豆の多くは、水はけの悪い水田転換畑に栽培されていることから、湿害対策に大きな関心が払われてきた。一方で雨の少ない時期には乾燥ストレスを軽減することも重要だが、生産者は湿害のおそれから大豆への灌水には消極的でした。また乾燥ストレスを被る時期は気象、土壌、栽培方法に大きく左右されるため生産者が乾燥ストレスを見極め、適期灌水を行うことは容易ではない。灌水適期が容易に分かる技術ができれば、生産者は湿害の心配をせずに灌水ができるようになり、灌水の実施率は高まり、大豆の安定多収に貢献できると考える。
<研究の経緯>
農研機構に蓄積されている気象や土壌のデータベースを活用し、これらに生産者が持っている栽培法などの営農情報のデータを加えることで、ほ場の水収支から土壌水分の変化をリアルタイムで推定するアルゴリズム(計算方法)「大豆灌水支援システム」を作成した( 図1)。
Webサービスを開発する(株)ビジョンテックとの共同研究により、2019年にこのアルゴリズムを実行するWebサービスの試行版を開発した。2019~2020年の2年間実施した秋田県の生産者が管理する水田転換畑でこの試行版を活用した実証試験等では、灌水によって収量が10%増加した( 表1)。2021年にはWebベンダーが容易に活用できる Web API 5)を開発した。
2022年9月現在、この「大豆灌水支援システム」は2社との利用許諾契約を交わしている。このうち今年度から(株)ビジョンテックの運営するサービス、「栽培管理支援情報サービス SAKUMO https://sakumo.info/」によって一般の生産者が利用できるようになる。また、(株)オプティム( https://www.optim.co.jp/)が実装に向けて生産者が参画した実証をスタートさせている。
<研究の内容•意義>
1. 本システムの概要
生産者はWebサービスに栽培法(苗立ち日等)などの営農情報のデータを加えると、乾燥ストレスの指標値を得ることができる( 図1)。従来の手法のようにほ場への土壌水分センサーの設置等を行う必要はない。また、気象情報には予報値も含まれているため、9日先までの乾燥ストレスの推定値を知ることも出来る。
2. 推定の精度と収量に対する効果
本システムは土壌水分を精度よく推定でき( 図2)、灌水が必要な時期を実用上問題ない精度で知ることができる。秋田県大仙市において、このシステムがアラートを発出したタイミングで灌水を行うという条件で5年間の実証試験を複数の試験地にて実施し、大豆の収量が平均10%増加することが示された( 表1)。
3. 本システムが土壌水分を推定する原理
本システムは WAGRI 6)に置かれており、ほ場の水収支と土壌情報をもとにほ場の土壌水分を推定する( 図3)。水収支の推定に必要な気象情報は、農研機構が管理する1kmメッシュ農業気象情報から得たデータを用いる。また、土壌水分の推定に必要な土壌情報は、農研機構が管理する 日本土壌インベントリー 7)等を参照することにより求めることができる。
<今後の予定・期待>
現在のところ、日本の大豆作における灌水の実施面積割合はわずかだ。灌水の実施面積割合が小さい背景には、生産者にとって乾燥ストレスの見極めが難しく、灌水適期が見過ごされがちであるという問題があった。このシステムの普及により乾燥ストレスが見える化され、乾燥ストレスへの対処の重要性について生産者により深く理解していただくことができ、適期灌水の実施による収量増が見込める。
今後、本システムの普及拡大のために、多くの地域での実証やそれに伴うシステムの改良を行いさらに精度が高く使いやすいシステムへと改良していく予定だ。また、Webベンダーへの更なるサービス展開の働きかけ等によりシステムの普及を進めている。
<用語の解説>
1) 乾燥ストレス 植物が乾燥により水分欠乏状態になったときに起こるストレス。主に光合成が阻害され生育不良となる。
2) 灌水 水を必要とするほ場に給水すること。
3) 湿害 土壌の過湿を原因とし作物が生育不良となること。
4) 1kmメッシュ農業気象情報 気象情報が農業現場で有効に活用されることを目指して、農研機構が開発•運用する気象データサービス( https://amu.rd.naro.go.jp/)。14種類の気象要素について全国の日別データを、約1km四方(基準地域メッシュ)を単位に提供している。
5) Web API(Web Application Programming Interface)HTTPを用いてネットワーク経由で異なるアプリケーションをつなぐためのインターフェース。Web APIを利用することで、民間業者などが、大豆灌水支援システムを使うための独自のサービスを容易に生産者等に提供できるようになる。
6) WAGRI 農業データ連携基盤(WAGRI)は、内閣府•戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」で開発されたデータ連携のためのプラットフォーム( https://wagri.naro.go.jp/)。WAGRIに参画することで民間企業の様々な有償データに加えて、農業関係の様々な公的なデータ(土地•地図情報、土壌、気象、市況など)やサービス(作物生育•収量予測など)を商用利用することができる。
7) 日本土壌インベントリー 土壌の種類や特性等について総合的な調査をもとに、農研機構が開発•運用している日本全国の土壌情報に関するWebサイト( https://soil-inventory.rad.naro.go.jp/)。
8) ほ場容水量 土壌の水分状態の1つ。強い雨が降った2~3日後の余剰水が排水された状態の土壌の体積当たりの水分率。
9) 永久しおれ点 土壌の水分状態の1つ。乾燥により作物は永久に萎凋する状態の土壌の体積当たりの水分率。
発表論文等
1.熊谷悦史ら2018. 農研機構東北農業研究センターの過去33年間の生産力検定試験におけるダイズ収量と土壌乾燥との関係-農研機構メッシュ農業気象データとFAO56 モデルによる解析-、日作紀、87:233-241
2.髙橋智紀2019. ダイズ畑における潅水意思決定支援のための土壌水分予測システム、農研機構研究成果情報
3.髙橋智紀2021. ダイズへの適期灌水を実現するための灌水支援システム農研機構普及成果情報
参考図
図1大豆灌水支援システムの概
表1 大豆灌水支援システムを使った適期灌水の増収効果†
(秋田県大仙市2016~2020年の平均値)
†2016~2018年は坪刈り収量、2019~2020年は全刈り収量の結果。
対応があるt検定により危険率5%以下で有意に収量が増加(n=5)。
‡「収量比」は2016~2020年の各収量比を平均した値
図2 4地点でのシステムによる予測値と土壌水分の実測値の比較
2015年の結果。推定に用いた ほ場容水量 8) 及び永久しおれ点 9)は実測値を用いた。二乗平均平方根誤差RMSEは推定値がほ場容水量以上になった日を除いた値。盛岡は黒ボク土、その他は沖積土。刈和野は畑地、その他は水田転換畑。いずれのほ場も灌水は行っていない例。
図3 大豆灌水支援システムの土壌水分推定原理