2022.04.05(火) |
雑草の生育を抑制する「開張型」のイネを開発
野生イネの遺伝子を活用、雑草防除の負担が少ない
品種の開発に期待(農研機構)
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農研機構は、
野生イネ
1)の遺伝子を活用して、米の品質や収量は保持しつつ、雑草の生育を抑制する「
開張型
2)」のイネを開発した。開張型イネは従来の品種に比べて効率的に太陽光を遮ることで、水稲群落下の雑草の生育を元品種の半分以下に抑制する。本成果は水稲栽培における雑草防除の負担(除草剤の散布や除草作業)を軽減させ、生産者にも環境にもやさしい新たな水稲品種のための道を拓くものだ。
概要
農研機構は、野生イネの遺伝子を交配により導入することで、雑草の生育を抑制する「開張型」のイネを開発した。開張型イネは扇型に拡がった葉を持ち(写真)、従来の品種に比べて効率的に太陽光を遮ることにより、水稲群落下の雑草の生育を半分以下に抑制する。また、太陽光をより高い効率で受容できるため、初期生育が促進される。加えて開張していた葉は生育後半には直立するので、従来品種と同様に収穫することが可能だ。
今回用いた野生イネ遺伝子は、収量や穀粒品質、食味にはほとんど影響を与えないことから、開張型イネを育種素材として活用し、日本の各地で栽培されている様々な品種と交配することで雑草抑制力に優れる水稲の実用品種の育成が期待される。
開張型イネは水稲栽培において負担の大きい雑草防除、具体的には除草剤散布や手取り除草作業を軽減させ、生産のコストを減らせると期待される。また、除草剤の散布量の低減は、低環境負荷の食料生産システムの構築につながり、みどりの食料システム戦略やSDGsの達成にも貢献すると期待される。
現在栽培されているイネは、野生イネから「 栽培化 3)」と言う過程を経て確立されたもの。栽培化は、それが行われた時代(およそ1万年前)の人々が、その時の農業形態に適した個体を選抜することで達成された。しかし、一方でこの選抜の過程で、野生イネが本来持っていた多様で多彩な遺伝子が失われた。
開張型の 草型 4)を与える遺伝子は、このように栽培化で失われた遺伝子の中から、現在の農業においても有用であるものを探索する過程で見出された。本研究は栽培イネに引き継がれなかった有用な遺伝子が、野生イネの 遺伝資源 5)の中に眠っていることも示している。
<関連情報>
予算:農林水産省委託プロジェクト研究「イネのDNAマーカー育種の利用推進」JPJ002005、農林水産省委託プロジェクト研究「直播栽培拡大のための雑草イネ等難防除雑草の省力的防除技術の開発」JPJ007962
お問い合わせ先は
研究推進責任者:農研機構基盤技術研究本部 高度分析研究センター センター長 山崎俊正
研究推進責任者 : 同基盤技術研究本部 高度分析研究センター ユニット長 稲垣言要
同西日本農業研究センター研究員 浅見秀則
広報担当者 : 同基盤技術研究本部 研究推進室渉外チーム長 野口真己
<詳細情報>
開発の社会的背景
イネは日本の主食のみならず、全世界で数十億人の主要な栄養源として栽培されている重要な作物だ。イネの収量は雑草害によって低下するため、国内では除草剤による防除が主流だが、除草剤使用量に応じて生産コストがかかり、過度な除草剤の使用は環境への負荷が大きいことから、除草剤使用量を削減した持続可能な農業システムの構築が求められている。また、有機農業や減農薬栽培においては、手取り除草は生産者にとって大きな労働負担となっている。
現在のイネは野生イネ(Oryza rufipogon)から、古代の人々が行っていた農業に適した形質を示す個体の選抜を続けることで栽培化されたと考えられている。この選抜の結果と近代育種によって、良食味で安定した収量が得られる優れた栽培品種が育成されてきた。一方で栽培化の過程においては、野生イネが保有していた多様な遺伝資源が喪失したと考えられる。この失われた遺伝資源の中には農業にとって有用な形質にかかわるものも存在すると考えられ、これらの育種への活用が検討され始めている。
研究の経緯
本研究で用いた新たな草型のイネ(以後、開張型イネと記す)は、同機構が過去に構築した野生イネの染色体の一部を体系的に持つ 染色体断片置換系統群 6)( KRIL群 7))から、農業にとって有用な形質を示す野生イネの染色体領域を同定する過程で構築された。
開張型イネは、葉の枚数が少ない時期( 栄養成長期 8))には葉が横に展開(開張)する特性に加え、 分げつ 9)を増やす性質も併せ持つので、従来型のイネに比べて地表面を被覆する。そのため、地面への入射光が減り,雑草の生育を抑制する可能性が示された。また、穂の形成期に入ると開張していた葉が直立する性質を持っており、草型が生育期に応じてダイナミックに変化することで全栽培期間を通じて最適な 受光態勢 10)を保つことが可能になった。そこで本研究ではこれらの優良な形質について検証することにした。
研究の内容•意義
本研究で開発した新たな開張型イネは、タイで採取された野生イネ(Oryza rufipogon)に由来するおよそ360kbpの染色体断片を持つコシヒカリで、成長初期には開張し多分げつの草型を示した( 図1)。開張型イネは葉が少ない初期に葉が横に展開することで、コシヒカリよりも受光態勢に優れることから、栄養成長がコシヒカリよりも促進された( 図2左)。
また、この草型により地面を被覆する時期がコシヒカリよりも早まり( 図2右)、水田での主要な雑草であるノビエの生育をコシヒカリと比較して半分以下に抑制することができた( 図3)。さらに開張型イネは穂の形成期に入る頃から、茎葉が直立する草姿に移行した( 図4)。穂の形成期は葉の枚数が増加して葉同士が相互に光を遮蔽するようになるため、この時期以降は茎葉を直立させた方が効率的に光を受容できる。茎葉が直立したことにより効率的な受光態勢が保たれ、コシヒカリよりも高い成長が維持された( 図2左)。
この開張型イネは野生イネ染色体を保有するものの、コシヒカリと同等の収量性を示すだけでなく( 図5左)、精白米の白度、タンパク質やアミロース含量、炊飯米の食味に関する値はコシヒカリと同等でした( 図5右)。一方で炊飯米がコシヒカリより柔らかくなる傾向が示された( 図5右)。今回用いた野生イネ染色体は、食味や収量に与える影響が小さいことから、今後農業現場に広く活用できると考えられる。
今回用いた、開張型の草型を与える野生イネ由来の遺伝子は、栽培化の過程で失われた遺伝子の一つだ。本研究は栽培イネに引き継がれなかった野生イネの遺伝資源の中に、現在の農業においても有用であるものが眠っていることも示している。
今後の予定•期待
本研究で見出した開張性を付与する野生イネの染色体領域は、コシヒカリ以外の他の日本型の栽培イネ品種にも同様の形質を付与することが可能と考えられる。開帳型イネは雑草抑制力に優れる水稲品種の育成を進めるための育種素材として、活用が期待される。
農研機構では開張型イネを育種素材として活用し、日本の各地で栽培されている様々な品種と交配を試みている。また将来的には、開張型イネ品種を用いて除草剤散布量を削減させた雑草管理体系を確立し、普及を目指す。また、試験研究用試料として開張型イネの提供も行う。
近年はSDGsに代表される環境重視の活動が国内外で推進されており、日本の食料•農林水産業においても、化学農薬•化学肥料の使用量を削減して持続可能な食料生産システムを構築することが急務となっている。また、有機農業や減農薬栽培においては手取り除草による除草コストが大きな負担となっている。本研究で作出された開張型イネの雑草抑制効果を、これらの生産システムにどのように組み込んで活用していくかの検討も進める。
世界的に見ると、発展途上国では除草を人力に頼っている国々は多く、こうした国々に対しても、開張型イネは除草労働負荷の低減という形で貢献する可能性がある。一方でそれらの国々で栽培されている品種(多くはインディカ型イネ品種)に対しても雑草抑制機能を付与できるかの検討は必要だ。インディカ型イネ品種に、開張性を付与する野生イネの染色体領域の導入を行い、その農業形質の検討も行っていく。
用語の解説
野生イネ
一般にイネ科イネ属に含まれる種の内、二つの栽培種(アジア栽培種、アフリカ栽培種)を除いた野外で自生しているイネ種を指す。ここでは、アジア栽培イネの直接の祖先種と考えられている Oryza rufipogon を特に指している。
開張型
地上部基部から扇型(あるいはパラボラアンテナ型)に茎葉を展開させる草型を示す。栽培化の過程で、現在の水稲品種は大きく開張する性質を失っている。
栽培化
古代人は原生の植物から実や籾などを採取していたが、その植物を居住地近くで植え育てることで農業が始まったと考えられている。その際、その育成に都合が良い形質を示す個体を選びながら継続的に育てていくことにより、野生種から栽培種へと確立されたと考えられている。本研究では、野生イネ(Oryza rufipogon)からアジア栽培イネ(Oryza sativa)が確立していった過程を指す。
草型
茎や葉の展開様式などの特性によって規定される作物の地上部の概形を指す。ここではイネ地上部形態の外観的な特徴を指している。
遺伝資源
ここではイネ属が長い年月をかけて蓄積してきた多様な遺伝変異や、様々な有用な機能を持つように変化した遺伝子群を指す。栽培化の過程はそれが行われた当時に都合が良い個体を選ぶことで行われ、この選抜の過程で遺伝資源の多様性が大規模に喪失したことが知られている。この失われた多様性は、栽培イネの改良において活用できる可能性が高く、遺伝性の資源と捉えることもできる。
染色体断片置換系統群
交配した後代(子世代)について、交配親の一方だけで戻し交配を続け(その交配に用いる親を反復親、反復親との交配を戻し交配と呼ぶ)、戻し交配の後代について、染色体の解析を行い、ほぼ全ての染色体が反復親由来に戻る一方、ごく一部の染色体領域だけが供与親(一番最初の交配において反復親の相手であった親)由来の株を選び、これらを集めて供与親由来の全ての染色体をカバーするように作成したシリーズだ。
KRIL群
KRIL群はコシヒカリを反復親に、タイで採取された Oryza rufipogon を供与親とする40系統からなる染色体断片置換系統群で、2012年9月10日農研機構公開のプレスリリース「野生稲の染色体を日本水稲に導入した、新しい育種素材としての染色体断片導入系統群の作出」で報告された系統群の一つだ。
栄養成長期
作物の成長における期間の一つで、具体的には発芽から花芽分化(イネの場合は穂分化)までの期間における成長を指す。この期間においてイネでは茎葉や根が増加し、個体重が増加する。
分げつ
イネ科作物の分枝を特に分げつと呼ぶ。生育が良好な分げつは、穂を形成し多くの籾(お米)を生産することから、分げつの数と生育量は重要な農業形質と捉えられている。
受光態勢
作物は太陽光を受け、光合成により栄養を得て成長する。葉などの光合成器官の全体的な配置や傾き(草型)を太陽光の受光の効率の観点からみた態勢のことを示す。
発表論文
N. Inagaki, H. Asami, H. Hirabayashi, A. Uchino, T. Imaizumi, K. Ishimaru (2021) A rice ancestral genetic resource conferring ideal plant shapes for vegetative growth and weed suppression Frontiers in Plant Science 12: 748531(doi: 10.3389/fpls.2021.748531)
<参考図>
図1 本研究のまとめ
本研究で開発したイネは、野生イネの染色体の一部を交配により取り込んだコシヒカリ。この野生イネ染色体に由来する草型の変化は、成長促進や雑草抑制に貢献した。一方、導入した野生イネの染色体領域は、コシヒカリ同等の収量や米穀品質を示しており、今後、育種活用が期待される。
図2 開張型イネのメリット1
栄養成長期における太陽光の受光態勢が改善されるため、開張型イネはコシヒカリより成長が促進された。また、水稲群落による土壌被覆も速まった(*印のついたデータは有意差がある)。
図3 開張型イネのメリット2
土壌被覆が速まることで、水稲群落下への入射光が減少し、群落下の雑草の成長をコシヒカリよりも抑制できた(*印のついたデータは有意差がある)。
図4 繁茂期に現れる開張のデメリットの回避
繁茂期は葉同士の相互遮蔽が大きくなるため、葉が直立する方が好ましいとされている。今回開発した開張型イネは、穂の形成期を境に開張型から直立型にダイナミックに草型を変えるため、栽培の全期間にわたって良好な受光態勢を保った(*印のついたデータは有意差がある)。
図5 開張型イネの収量と米の品質
開張型イネの1アールあたりの玄米収量は、コシヒカリと同等であった(有意差はなかった)。精白米はコシヒカリ同様に白く、味に関する値はコシヒカリと比較すると、アミロース含量がわずかに高い以外は同等であった。一方、炊飯米の物性はグラフ中心に値が近づくほど炊飯米が柔らかいことを示しており、開張型イネから得られた米は、コシヒカリよりも柔らかく炊けることが示された。
概要
農研機構は、野生イネの遺伝子を交配により導入することで、雑草の生育を抑制する「開張型」のイネを開発した。開張型イネは扇型に拡がった葉を持ち(写真)、従来の品種に比べて効率的に太陽光を遮ることにより、水稲群落下の雑草の生育を半分以下に抑制する。また、太陽光をより高い効率で受容できるため、初期生育が促進される。加えて開張していた葉は生育後半には直立するので、従来品種と同様に収穫することが可能だ。
今回用いた野生イネ遺伝子は、収量や穀粒品質、食味にはほとんど影響を与えないことから、開張型イネを育種素材として活用し、日本の各地で栽培されている様々な品種と交配することで雑草抑制力に優れる水稲の実用品種の育成が期待される。
開張型イネは水稲栽培において負担の大きい雑草防除、具体的には除草剤散布や手取り除草作業を軽減させ、生産のコストを減らせると期待される。また、除草剤の散布量の低減は、低環境負荷の食料生産システムの構築につながり、みどりの食料システム戦略やSDGsの達成にも貢献すると期待される。
現在栽培されているイネは、野生イネから「 栽培化 3)」と言う過程を経て確立されたもの。栽培化は、それが行われた時代(およそ1万年前)の人々が、その時の農業形態に適した個体を選抜することで達成された。しかし、一方でこの選抜の過程で、野生イネが本来持っていた多様で多彩な遺伝子が失われた。
開張型の 草型 4)を与える遺伝子は、このように栽培化で失われた遺伝子の中から、現在の農業においても有用であるものを探索する過程で見出された。本研究は栽培イネに引き継がれなかった有用な遺伝子が、野生イネの 遺伝資源 5)の中に眠っていることも示している。
<関連情報>
予算:農林水産省委託プロジェクト研究「イネのDNAマーカー育種の利用推進」JPJ002005、農林水産省委託プロジェクト研究「直播栽培拡大のための雑草イネ等難防除雑草の省力的防除技術の開発」JPJ007962
お問い合わせ先は
研究推進責任者:農研機構基盤技術研究本部 高度分析研究センター センター長 山崎俊正
研究推進責任者 : 同基盤技術研究本部 高度分析研究センター ユニット長 稲垣言要
同西日本農業研究センター研究員 浅見秀則
広報担当者 : 同基盤技術研究本部 研究推進室渉外チーム長 野口真己
<詳細情報>
開発の社会的背景
イネは日本の主食のみならず、全世界で数十億人の主要な栄養源として栽培されている重要な作物だ。イネの収量は雑草害によって低下するため、国内では除草剤による防除が主流だが、除草剤使用量に応じて生産コストがかかり、過度な除草剤の使用は環境への負荷が大きいことから、除草剤使用量を削減した持続可能な農業システムの構築が求められている。また、有機農業や減農薬栽培においては、手取り除草は生産者にとって大きな労働負担となっている。
現在のイネは野生イネ(Oryza rufipogon)から、古代の人々が行っていた農業に適した形質を示す個体の選抜を続けることで栽培化されたと考えられている。この選抜の結果と近代育種によって、良食味で安定した収量が得られる優れた栽培品種が育成されてきた。一方で栽培化の過程においては、野生イネが保有していた多様な遺伝資源が喪失したと考えられる。この失われた遺伝資源の中には農業にとって有用な形質にかかわるものも存在すると考えられ、これらの育種への活用が検討され始めている。
研究の経緯
本研究で用いた新たな草型のイネ(以後、開張型イネと記す)は、同機構が過去に構築した野生イネの染色体の一部を体系的に持つ 染色体断片置換系統群 6)( KRIL群 7))から、農業にとって有用な形質を示す野生イネの染色体領域を同定する過程で構築された。
開張型イネは、葉の枚数が少ない時期( 栄養成長期 8))には葉が横に展開(開張)する特性に加え、 分げつ 9)を増やす性質も併せ持つので、従来型のイネに比べて地表面を被覆する。そのため、地面への入射光が減り,雑草の生育を抑制する可能性が示された。また、穂の形成期に入ると開張していた葉が直立する性質を持っており、草型が生育期に応じてダイナミックに変化することで全栽培期間を通じて最適な 受光態勢 10)を保つことが可能になった。そこで本研究ではこれらの優良な形質について検証することにした。
研究の内容•意義
本研究で開発した新たな開張型イネは、タイで採取された野生イネ(Oryza rufipogon)に由来するおよそ360kbpの染色体断片を持つコシヒカリで、成長初期には開張し多分げつの草型を示した( 図1)。開張型イネは葉が少ない初期に葉が横に展開することで、コシヒカリよりも受光態勢に優れることから、栄養成長がコシヒカリよりも促進された( 図2左)。
また、この草型により地面を被覆する時期がコシヒカリよりも早まり( 図2右)、水田での主要な雑草であるノビエの生育をコシヒカリと比較して半分以下に抑制することができた( 図3)。さらに開張型イネは穂の形成期に入る頃から、茎葉が直立する草姿に移行した( 図4)。穂の形成期は葉の枚数が増加して葉同士が相互に光を遮蔽するようになるため、この時期以降は茎葉を直立させた方が効率的に光を受容できる。茎葉が直立したことにより効率的な受光態勢が保たれ、コシヒカリよりも高い成長が維持された( 図2左)。
この開張型イネは野生イネ染色体を保有するものの、コシヒカリと同等の収量性を示すだけでなく( 図5左)、精白米の白度、タンパク質やアミロース含量、炊飯米の食味に関する値はコシヒカリと同等でした( 図5右)。一方で炊飯米がコシヒカリより柔らかくなる傾向が示された( 図5右)。今回用いた野生イネ染色体は、食味や収量に与える影響が小さいことから、今後農業現場に広く活用できると考えられる。
今回用いた、開張型の草型を与える野生イネ由来の遺伝子は、栽培化の過程で失われた遺伝子の一つだ。本研究は栽培イネに引き継がれなかった野生イネの遺伝資源の中に、現在の農業においても有用であるものが眠っていることも示している。
今後の予定•期待
本研究で見出した開張性を付与する野生イネの染色体領域は、コシヒカリ以外の他の日本型の栽培イネ品種にも同様の形質を付与することが可能と考えられる。開帳型イネは雑草抑制力に優れる水稲品種の育成を進めるための育種素材として、活用が期待される。
農研機構では開張型イネを育種素材として活用し、日本の各地で栽培されている様々な品種と交配を試みている。また将来的には、開張型イネ品種を用いて除草剤散布量を削減させた雑草管理体系を確立し、普及を目指す。また、試験研究用試料として開張型イネの提供も行う。
近年はSDGsに代表される環境重視の活動が国内外で推進されており、日本の食料•農林水産業においても、化学農薬•化学肥料の使用量を削減して持続可能な食料生産システムを構築することが急務となっている。また、有機農業や減農薬栽培においては手取り除草による除草コストが大きな負担となっている。本研究で作出された開張型イネの雑草抑制効果を、これらの生産システムにどのように組み込んで活用していくかの検討も進める。
世界的に見ると、発展途上国では除草を人力に頼っている国々は多く、こうした国々に対しても、開張型イネは除草労働負荷の低減という形で貢献する可能性がある。一方でそれらの国々で栽培されている品種(多くはインディカ型イネ品種)に対しても雑草抑制機能を付与できるかの検討は必要だ。インディカ型イネ品種に、開張性を付与する野生イネの染色体領域の導入を行い、その農業形質の検討も行っていく。
用語の解説
野生イネ
一般にイネ科イネ属に含まれる種の内、二つの栽培種(アジア栽培種、アフリカ栽培種)を除いた野外で自生しているイネ種を指す。ここでは、アジア栽培イネの直接の祖先種と考えられている Oryza rufipogon を特に指している。
開張型
地上部基部から扇型(あるいはパラボラアンテナ型)に茎葉を展開させる草型を示す。栽培化の過程で、現在の水稲品種は大きく開張する性質を失っている。
栽培化
古代人は原生の植物から実や籾などを採取していたが、その植物を居住地近くで植え育てることで農業が始まったと考えられている。その際、その育成に都合が良い形質を示す個体を選びながら継続的に育てていくことにより、野生種から栽培種へと確立されたと考えられている。本研究では、野生イネ(Oryza rufipogon)からアジア栽培イネ(Oryza sativa)が確立していった過程を指す。
草型
茎や葉の展開様式などの特性によって規定される作物の地上部の概形を指す。ここではイネ地上部形態の外観的な特徴を指している。
遺伝資源
ここではイネ属が長い年月をかけて蓄積してきた多様な遺伝変異や、様々な有用な機能を持つように変化した遺伝子群を指す。栽培化の過程はそれが行われた当時に都合が良い個体を選ぶことで行われ、この選抜の過程で遺伝資源の多様性が大規模に喪失したことが知られている。この失われた多様性は、栽培イネの改良において活用できる可能性が高く、遺伝性の資源と捉えることもできる。
染色体断片置換系統群
交配した後代(子世代)について、交配親の一方だけで戻し交配を続け(その交配に用いる親を反復親、反復親との交配を戻し交配と呼ぶ)、戻し交配の後代について、染色体の解析を行い、ほぼ全ての染色体が反復親由来に戻る一方、ごく一部の染色体領域だけが供与親(一番最初の交配において反復親の相手であった親)由来の株を選び、これらを集めて供与親由来の全ての染色体をカバーするように作成したシリーズだ。
KRIL群
KRIL群はコシヒカリを反復親に、タイで採取された Oryza rufipogon を供与親とする40系統からなる染色体断片置換系統群で、2012年9月10日農研機構公開のプレスリリース「野生稲の染色体を日本水稲に導入した、新しい育種素材としての染色体断片導入系統群の作出」で報告された系統群の一つだ。
栄養成長期
作物の成長における期間の一つで、具体的には発芽から花芽分化(イネの場合は穂分化)までの期間における成長を指す。この期間においてイネでは茎葉や根が増加し、個体重が増加する。
分げつ
イネ科作物の分枝を特に分げつと呼ぶ。生育が良好な分げつは、穂を形成し多くの籾(お米)を生産することから、分げつの数と生育量は重要な農業形質と捉えられている。
受光態勢
作物は太陽光を受け、光合成により栄養を得て成長する。葉などの光合成器官の全体的な配置や傾き(草型)を太陽光の受光の効率の観点からみた態勢のことを示す。
発表論文
N. Inagaki, H. Asami, H. Hirabayashi, A. Uchino, T. Imaizumi, K. Ishimaru (2021) A rice ancestral genetic resource conferring ideal plant shapes for vegetative growth and weed suppression Frontiers in Plant Science 12: 748531(doi: 10.3389/fpls.2021.748531)
<参考図>
図1 本研究のまとめ
本研究で開発したイネは、野生イネの染色体の一部を交配により取り込んだコシヒカリ。この野生イネ染色体に由来する草型の変化は、成長促進や雑草抑制に貢献した。一方、導入した野生イネの染色体領域は、コシヒカリ同等の収量や米穀品質を示しており、今後、育種活用が期待される。
図2 開張型イネのメリット1
栄養成長期における太陽光の受光態勢が改善されるため、開張型イネはコシヒカリより成長が促進された。また、水稲群落による土壌被覆も速まった(*印のついたデータは有意差がある)。
図3 開張型イネのメリット2
土壌被覆が速まることで、水稲群落下への入射光が減少し、群落下の雑草の成長をコシヒカリよりも抑制できた(*印のついたデータは有意差がある)。
図4 繁茂期に現れる開張のデメリットの回避
繁茂期は葉同士の相互遮蔽が大きくなるため、葉が直立する方が好ましいとされている。今回開発した開張型イネは、穂の形成期を境に開張型から直立型にダイナミックに草型を変えるため、栽培の全期間にわたって良好な受光態勢を保った(*印のついたデータは有意差がある)。
図5 開張型イネの収量と米の品質
開張型イネの1アールあたりの玄米収量は、コシヒカリと同等であった(有意差はなかった)。精白米はコシヒカリ同様に白く、味に関する値はコシヒカリと比較すると、アミロース含量がわずかに高い以外は同等であった。一方、炊飯米の物性はグラフ中心に値が近づくほど炊飯米が柔らかいことを示しており、開張型イネから得られた米は、コシヒカリよりも柔らかく炊けることが示された。