2022.03.02(水)

「わい化栽培リンゴ『ふじ』における
着色向上のための 窒素施肥」の標準
作業手順書を公開(農研機構)

   リンゴ「ふじ」の果実は、着色期の高温や窒素施肥量の増加により 着色不良 1)となることが知られており、近年の温暖化の進行により着色不良果の増加が懸念されている。農研機構は、果皮の着色も考慮した窒素施肥基準とその解説を記載した 標準作業手順書(SOP) 2)を作成し、3月2日にウェブサイトで公開した。栽培地域の年平均気温で施肥量を区分するとともに、樹勢に応じて窒素施肥量を増減する指標などを記載している。
   リンゴ「ふじ」の赤い果皮色は、市場価値に直結する重要な果実形質の一つだが、果実成熟期の高温の影響や、窒素施肥量の増加により着色不良となることが知られている。近年の温暖化により、特に暖地のリンゴ生産地域では着色不良果の増加が懸念されている。
   一方、従来の窒素施肥基準は地域ごと、土壌ごとに異なることに加え、気候温暖化への対応も考慮されていなかった。また、各県で定めた施肥基準と生産現場の実際の窒素施肥量の乖離も散見された。このため、温暖化に対応出来る全国で利用可能な新たな窒素施肥基準が求められていた。
   そこで農研機構を中心とする研究グループは、樹の生育や収量を低下させることなく わい化栽培 3)リンゴ「ふじ」の着色を改善するための窒素施肥基準を策定し、マニュアルなどにより技術を紹介してきた。この度わい化栽培リンゴ「ふじ」の窒素施肥基準について、これまで紹介した情報をまとめるとともに、導入手順や経営面の効果について新たに追加したSOPを作成し、3月2日に農研機構の以下のウェブサイトで公開した。
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/laboratory/naro/sop/151549.html
   本SOPは、公設機関等の普及担当者や日本国内でリンゴ「ふじ」をわい化栽培している生産者を主なユーザーとして想定している。
<関連情報>
予算 : 農林水産省委託プロジェクト研究「農業分野における気候変動適応技術の開発」(温暖化の進行に適応する生産安定技術の開発)(JPJ005317)
<お問い合わせ先>
研究推進責任者 : 農研機構果樹茶業研究部門所長 湯川智行
研究担当者 : 同果樹生産研究領域主席研究員 井上博道
広報担当者 : 同研究推進部研究推進室果樹連携調整役 大崎秀樹
 
<詳細情報>
開発の社会的背景
   リンゴの果実は、着色期の高温や窒素施肥量の増加により着色が悪くなることが知られている。近年の気候温暖化により、特に暖地のリンゴ生産地域では着色不良果の増加が懸念されている。一方、従来の窒素施肥基準は地域ごと、土壌ごとに異なることに加え、気候温暖化に対応できるような基準の改定はなされていない。また、各県で定めた施肥基準と生産現場の実際の窒素施肥量の乖離も散見される。このため温暖化に対応出来る全国で利用可能な新たな窒素施肥基準が求められていた。
 
<研究の経緯>
   農研機構が代表を務めた農林水産省委託プロジェクト研究「農業分野における気候変動適応技術の開発」(温暖化の進行に適応する生産安定技術の開発)(2015年度~2019年度)では、農研機構と青森県、秋田県および長野県が連携してわい化栽培リンゴ「ふじ」の窒素施肥試験を5年間行うとともに、過去の関連する知見を加味して新たな窒素施肥基準を策定した。その骨子は年平均気温を基準として窒素施肥量を設定すること、及び樹勢によって窒素施肥量を加減するというものだ。本SOP( 図1)ではこの施肥基準と根拠を示した。窒素施肥基準についてはマニュアル等により技術を紹介してきたところだが、今回さらに導入に関する情報を加えて本SOPを作成した。
<研究の内容•意義>
   本SOPは、わい化栽培でリンゴ「ふじ」を生産する場合の窒素施肥基準を導入するための手順書である。果実の着色不良が問題となる生産現場において、リンゴ生産者や普及指導機関へ新たな窒素施肥基準を示すとともに、リンゴの生産性や果実品質を低下させることなく着色不良の改善が期待できることを、データを根拠に説明している。
1章では着色を考慮した窒素施肥基準( 表1)および付随する 樹相診断 4)基準( 表2)を示している。施肥基準では年平均気温を基に3段階の施肥量を示し、樹勢に合わせて施肥量を増減させる。これらの見方を説明するとともに、基準を策定した背景をポイントとして説明している。
②Ⅱ章では窒素施肥基準策定に関連するデータを基に説明している。年平均気温を基準として窒素施肥量を設定したのは、気温が高いほど果皮の着色が低下し( 図2)、窒素施肥量が少ないと着色が向上する( 図3)ためだ。さらに施肥時期、樹相診断基準、施肥量と果実品質、収量の関係について説明している。
章では窒素施肥基準の導入手順、普及対象、及び経営面での効果について新たに追加し、説明している。
④ 巻末には本SOPにおける参考資料などが掲載されている。
<今後の予定•期待>
   本SOPの利用により窒素多施肥による着色不良が改善され、施肥量削減によるコストと環境負荷の低減につながるとともに、過度な窒素施肥量削減による樹勢低下を抑えることでリンゴ「ふじ」の安定生産に寄与することが期待される。
<用語の解説>
着色不良
   リンゴ「ふじ」の場合、本来は果実全体が赤く着色するのに対し、着色不良果では赤い着色が不十分になる。気温が高くなると着色不良の果実が増加するのは、果皮に含まれている赤い色素であるアントシアニンが高温では合成されにくくなるからだ。
標準作業手順書(SOP: Standard Operating Procedures)
   技術の必要性、導入条件、具体的な導入手順、導入例、効果などを記載した手順書。農研機構は重要な技術についてSOPを作成し、社会実装(普及)を進める指針としている。
わい化栽培
   リンゴでは根となる台木に穂木となる品種(「ふじ」等)を接ぎ木して栽培されている。台木にマルバカイドウを用いると樹勢(樹の成長度合いの勢い)が強く、大きな樹ができるが、わい性台木を用いると樹勢が比較的弱いため、コンパクトな樹形で管理できる。このわい性台木を用いた栽培をわい化栽培という。
 
樹相診断
   樹の様子を見て樹の状態を診断する方法のこと。本SOPでは樹相診断により樹勢が健全かどうかを診断し、樹勢低下により収量が減らないように、あるいは樹勢が強くてさらに窒素施肥量の削減が必要かどうかを判断する基準として活用する。図1. わい化栽培リンゴ「ふじ」の窒素施肥標準作業手順書
 
参考図

図1. わい化栽培リンゴ「ふじ」の窒素施肥標準作業手順書
表1. わい化栽培リンゴ「ふじ」果皮の着色を考慮した窒素施肥基準

*1過去10年間の年平均気温(近隣のアメダスデータを利用)。

表2. わい化栽培リンゴ「ふじ」の樹相診断基準

診断時期は新梢長 : 新梢停止期、葉色と葉中窒素濃度 : 7~8月。

図2. 果実着色時期の平均気温と表面色の関係(左)とリンゴ「ふじ」の表面色カラーチャート(右)
4地点5年間における窒素施肥量0kgN/10aのデータより作成。

図3. 異なる窒素施肥量における果実表面色のカラーチャート値
4地点5年間におけるデータを用い、気温の影響がないように値を変換して作成。