2022.01.20(木) |
リンゴ果肉の褐変しやすさに関わる染色体領域を
特定、カットしても褐変しない品種の育成を加速
DNAマーカー
1)を開発(農研機構、青森県産業技術センター)
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農研機構と青森県産業技術センターは、大規模な遺伝解析によりリンゴ果肉の褐変しやすさに関わる染色体領域を3箇所特定し、これらの領域を選抜するための
DNAマーカー
1)を開発した。この成果により品種改良の大幅な効率化が進み、果実をカットしても褐変しないリンゴ品種の育成が加速すると期待される。
褐変した「ふじ」
「ふじ」をはじめとするほとんどのリンゴ品種は、果実をカットすると短時間のうちに茶褐色に変色(褐変)し、見た目や風味が損なわれてしまう。そこでリンゴをカットフルーツとして流通させる際は、褐変の原因となる果肉中のポリフェノールの酸化を抑制するための処理や包装を行っている。これらの手間やコストをなくすため、果実をカットしても褐変しにくい(難果肉褐変性の)リンゴ品種の開発が求められている。
褐変しないリンゴ品種はこれまでに 「あおり27」と「Eden TM 」 2)の2品種が登録されているが、難果肉褐変性に関わる遺伝情報は不明であった。今回、農研機構と青森県産業技術センターは、大規模な遺伝解析により、リンゴ果肉の褐変しやすさに関わる染色体領域を特定した。
「あおり27」や「シナノゴールド」など28品種を交配親に用いて育成した数百個体のリンゴ樹から得た果実に対して、カットよりも厳しい酸化条件である「すりおろし」を行い、褐変しやすさを評価した。
同時にリンゴの全染色体領域にわたる1万箇所について遺伝解析を行い、果肉の褐変しやすさに関わる染色体領域を3箇所特定した。また、これら3箇所の領域を選抜するためのDNAマーカーを開発した。既存品種および検証用の育種集団で比較したところ、3つの染色体領域の遺伝子型から予測される果肉の褐変しやすさは、実際の褐変しやすさとよく一致した。
開発したDNAマーカーを利用すれば、幼苗の段階で褐変しにくい個体の選抜が可能となるため品種改良の大幅な効率化が進む。この成果により褐変しにくいリンゴの品種育成が加速し、新たな需要創出に繋がると期待される。
<関連情報>
予算 : 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP2)「スマートバイオ産業•農業基盤技術」農林水産研究推進事業委託プロジェクト研究(園芸ニーズ)、運営費交付金
お問い合わせ先
研究推進責任者 : 農研機構果樹茶業研究部門所長 湯川智行
研究担当者 : 農研機構果樹茶業研究部門 果樹品種育成研究領域上級研究員 國久美由紀
青森県産業技術センターりんご研究所主任研究員 田沢純子
広報担当者 : 農研機構果樹茶業研究部門 研究推進部研究推進室果樹連携調整役 大崎秀樹
青森県産業技術センターりんご研究所研究管理監 初山慶道
<詳細情報>
開発の社会的背景
「ふじ」をはじめとするほとんどのリンゴ品種は、果実を切ったりすりおろしたりして果肉が空気に触れると短時間のうちに褐変し、見た目の低下とともに商品価値が損なわれてしまう。リンゴをカットフルーツとして流通させるためには、果肉中のポリフェノール成分の酸化を抑制するための処理や包装に手間やコストがかかる。中食、給食、離乳食、デザートトッピング等におけるカットフルーツ需要に対応するため、カットしても褐変しない品種の開発が求められている。
研究の経緯
これまではリンゴの難果肉褐変性に関わる遺伝情報が不明であり、褐変しにくい品種の計画的な育成は極めて困難であった。そのため難果肉褐変性のリンゴ品種は極めて希少で、世界でも「あおり27」と「Eden TM」しか知られていない。しかし「あおり27」は流通期間が普通冷蔵で2カ月程度と短く、また海外品種「Eden TM」は現時点で国内での普及は見込めない。そこで農研機構と青森県産業技術センターは、品種育成を効率的に進めるため、近年進展が著しいゲノム解析技術を活用し、大規模な遺伝解析により難果肉褐変性の原因となる染色体領域を特定することにした。
研究の内容•意義
①「あおり27」や「シナノゴールド」など28品種を親とした24組合せの交配により育成した468個体のリンゴ樹から果実を収穫し、果肉の褐変の程度をすりおろし24時間後に評価した。その結果、6段階(褐変指数0:無、1:難、2:低、3:中、4:高、5:甚)に分類され、この指数により各個体の果肉褐変性を定量的に評価出来た( 図1)。
②この468個体の果肉褐変指数、および全染色体領域にわたる約1万箇所の情報を用いて遺伝解析を行ったところ、3箇所の果肉褐変性の原因領域が第5染色体、第16染色体、及び第17染色体に見出された( 図2)。またこれらの領域を選抜するためのDNAマーカーを開発した。各領域でDNAマーカー遺伝子型が難褐変性の ホモ接合 3)となった個体は、褐変しにくいことが分かった。
③第5染色体の領域はポリフェノール酸化酵素(ポリフェノールオキシダーゼ)の働きに関与する領域と一致し、第16および第17染色体の領域はポリフェノール類(カテキン、プロシアニジン、クロロゲン酸)含有量に関与する領域と一致したことから、果肉褐変性はポリフェノール量とその酸化酵素の働きに依存していることが示された。
④86の既存品種(あおり27、つがる、ふじなど)の果肉褐変指数を調査し、3つの染色体領域のうちマーカー遺伝子型が難褐変性のホモ接合である領域の数と比較したところ、難褐変性ホモ接合領域の数が多いほど、褐変性が低くなることが確認された( 図3)。
⑤品種育成のための交配組み合わせ「あおり27」×「シナノゴールド」157個体で、開発したDNAマーカーを用いて難褐変性ホモ接合領域の数を調査した。結実を待って果肉褐変指数を調査したtところ、難褐変性ホモ接合の領域数が「2」の個体の多くが指数1以下の難褐変性であったことから、本技術が実際に難褐変性個体の選抜に有効であることが確認された( 図4)。
今後の予定•期待
本研究で明らかにされた3箇所の原因染色体領域に関する情報や、開発したDNAマーカーは、難果肉褐変性リンゴ品種の育成に有用だ。例えばこれらの染色体領域の情報から、難果肉褐変性個体が生じやすい両親を選んで育種集団を作成することが可能となる。また、これらの染色体領域を識別するDNAマーカーを利用することで、難果肉褐変性の個体を幼苗段階で選抜することができるようになる。
このように本技術を活用することで、従来は得られる確率が非常に低いためにほとんど取り組まれてこなかった難果肉褐変性リンゴの育成を、戦略的に行うことが可能となった。今後、農研機構や青森県産業技術センターでは、開発した技術を用いて、品種の開発を進めていく。果肉が褐変しにくいリンゴ品種の育成により、リンゴ加工品の活用場面が広がり、新たな需要の創出に繋がることが期待される。本技術は論文公表等により、誰でも活用可能となっている
<用語の解説>
DNAマーカー
対立遺伝子によって異なるDNA塩基配列の違い(DNA多型)を検出する目印のこと。単純反復配列や一塩基置換など、多型の種類と、その検出方法によって様々な種類がある。
[ポイントへ戻る]
「あおり27」と「Eden TM」
「あおり27」は青森県産業技術センターりんご研究所で「金星」と「マヘ7」の交配から育成され、2008年に登録された品種であり、「Eden TM」はカナダの農業食糧研究センター(AAFC)で「リンダ」と「ジョナマック」の交配から1970年代に育成された品種だ。
[概要へ戻る]
ホモ接合
生物は基本的に2本の染色体を対で保有する。これは生殖において父方、母方からランダムな1本を受け継いだものだ。この2本が同質であればホモ接合、異質であればヘテロ接合という。染色体の2本ともが難褐変性因子であれば褐変しにくく、どちらか1方もしくは両方が褐変性因子であれば褐変しやすくなる。
[研究の内容•意義へ戻る]
発表論文
Kunihisa M, Hayashi T, Hatsuyama Y, Fukasawa-Akada T, Uenishi H, Matsumoto T, Kon T, Kasai S, Kudo T, Oshino H, Yamamoto T & Tazawa J. (2021) Genome-wide association study for apple flesh browning: detection, validation, and physiological roles of QTLs. Tree Genetics & Genomes 17: 11.
参考図
図1. リンゴ果肉の褐変指数(すりおろし24時間後、0:無~5:甚)
図2. 果肉褐変性に関与する3つの染色体領域(赤丸)
ポリフェノール酸化酵素の働き(黒線)およびポリフェノール成分含量(青線)に関与する領域も示した。
図3. 既存のリンゴ86品種•系統における難褐変性の遺伝子型と褐変指数
箱の中央のラインは中央値を、バツ印は平均値を示す。
図4. 「あおり27」×「シナノゴールド」157個体の育種集団における難褐変性の遺伝子型と褐変指数
箱の中央のラインは中央値を、バツ印は平均値を示す。
褐変した「ふじ」
「ふじ」をはじめとするほとんどのリンゴ品種は、果実をカットすると短時間のうちに茶褐色に変色(褐変)し、見た目や風味が損なわれてしまう。そこでリンゴをカットフルーツとして流通させる際は、褐変の原因となる果肉中のポリフェノールの酸化を抑制するための処理や包装を行っている。これらの手間やコストをなくすため、果実をカットしても褐変しにくい(難果肉褐変性の)リンゴ品種の開発が求められている。
褐変しないリンゴ品種はこれまでに 「あおり27」と「Eden TM 」 2)の2品種が登録されているが、難果肉褐変性に関わる遺伝情報は不明であった。今回、農研機構と青森県産業技術センターは、大規模な遺伝解析により、リンゴ果肉の褐変しやすさに関わる染色体領域を特定した。
「あおり27」や「シナノゴールド」など28品種を交配親に用いて育成した数百個体のリンゴ樹から得た果実に対して、カットよりも厳しい酸化条件である「すりおろし」を行い、褐変しやすさを評価した。
同時にリンゴの全染色体領域にわたる1万箇所について遺伝解析を行い、果肉の褐変しやすさに関わる染色体領域を3箇所特定した。また、これら3箇所の領域を選抜するためのDNAマーカーを開発した。既存品種および検証用の育種集団で比較したところ、3つの染色体領域の遺伝子型から予測される果肉の褐変しやすさは、実際の褐変しやすさとよく一致した。
開発したDNAマーカーを利用すれば、幼苗の段階で褐変しにくい個体の選抜が可能となるため品種改良の大幅な効率化が進む。この成果により褐変しにくいリンゴの品種育成が加速し、新たな需要創出に繋がると期待される。
<関連情報>
予算 : 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP2)「スマートバイオ産業•農業基盤技術」農林水産研究推進事業委託プロジェクト研究(園芸ニーズ)、運営費交付金
お問い合わせ先
研究推進責任者 : 農研機構果樹茶業研究部門所長 湯川智行
研究担当者 : 農研機構果樹茶業研究部門 果樹品種育成研究領域上級研究員 國久美由紀
青森県産業技術センターりんご研究所主任研究員 田沢純子
広報担当者 : 農研機構果樹茶業研究部門 研究推進部研究推進室果樹連携調整役 大崎秀樹
青森県産業技術センターりんご研究所研究管理監 初山慶道
<詳細情報>
開発の社会的背景
「ふじ」をはじめとするほとんどのリンゴ品種は、果実を切ったりすりおろしたりして果肉が空気に触れると短時間のうちに褐変し、見た目の低下とともに商品価値が損なわれてしまう。リンゴをカットフルーツとして流通させるためには、果肉中のポリフェノール成分の酸化を抑制するための処理や包装に手間やコストがかかる。中食、給食、離乳食、デザートトッピング等におけるカットフルーツ需要に対応するため、カットしても褐変しない品種の開発が求められている。
研究の経緯
これまではリンゴの難果肉褐変性に関わる遺伝情報が不明であり、褐変しにくい品種の計画的な育成は極めて困難であった。そのため難果肉褐変性のリンゴ品種は極めて希少で、世界でも「あおり27」と「Eden TM」しか知られていない。しかし「あおり27」は流通期間が普通冷蔵で2カ月程度と短く、また海外品種「Eden TM」は現時点で国内での普及は見込めない。そこで農研機構と青森県産業技術センターは、品種育成を効率的に進めるため、近年進展が著しいゲノム解析技術を活用し、大規模な遺伝解析により難果肉褐変性の原因となる染色体領域を特定することにした。
研究の内容•意義
①「あおり27」や「シナノゴールド」など28品種を親とした24組合せの交配により育成した468個体のリンゴ樹から果実を収穫し、果肉の褐変の程度をすりおろし24時間後に評価した。その結果、6段階(褐変指数0:無、1:難、2:低、3:中、4:高、5:甚)に分類され、この指数により各個体の果肉褐変性を定量的に評価出来た( 図1)。
②この468個体の果肉褐変指数、および全染色体領域にわたる約1万箇所の情報を用いて遺伝解析を行ったところ、3箇所の果肉褐変性の原因領域が第5染色体、第16染色体、及び第17染色体に見出された( 図2)。またこれらの領域を選抜するためのDNAマーカーを開発した。各領域でDNAマーカー遺伝子型が難褐変性の ホモ接合 3)となった個体は、褐変しにくいことが分かった。
③第5染色体の領域はポリフェノール酸化酵素(ポリフェノールオキシダーゼ)の働きに関与する領域と一致し、第16および第17染色体の領域はポリフェノール類(カテキン、プロシアニジン、クロロゲン酸)含有量に関与する領域と一致したことから、果肉褐変性はポリフェノール量とその酸化酵素の働きに依存していることが示された。
④86の既存品種(あおり27、つがる、ふじなど)の果肉褐変指数を調査し、3つの染色体領域のうちマーカー遺伝子型が難褐変性のホモ接合である領域の数と比較したところ、難褐変性ホモ接合領域の数が多いほど、褐変性が低くなることが確認された( 図3)。
⑤品種育成のための交配組み合わせ「あおり27」×「シナノゴールド」157個体で、開発したDNAマーカーを用いて難褐変性ホモ接合領域の数を調査した。結実を待って果肉褐変指数を調査したtところ、難褐変性ホモ接合の領域数が「2」の個体の多くが指数1以下の難褐変性であったことから、本技術が実際に難褐変性個体の選抜に有効であることが確認された( 図4)。
今後の予定•期待
本研究で明らかにされた3箇所の原因染色体領域に関する情報や、開発したDNAマーカーは、難果肉褐変性リンゴ品種の育成に有用だ。例えばこれらの染色体領域の情報から、難果肉褐変性個体が生じやすい両親を選んで育種集団を作成することが可能となる。また、これらの染色体領域を識別するDNAマーカーを利用することで、難果肉褐変性の個体を幼苗段階で選抜することができるようになる。
このように本技術を活用することで、従来は得られる確率が非常に低いためにほとんど取り組まれてこなかった難果肉褐変性リンゴの育成を、戦略的に行うことが可能となった。今後、農研機構や青森県産業技術センターでは、開発した技術を用いて、品種の開発を進めていく。果肉が褐変しにくいリンゴ品種の育成により、リンゴ加工品の活用場面が広がり、新たな需要の創出に繋がることが期待される。本技術は論文公表等により、誰でも活用可能となっている
<用語の解説>
DNAマーカー
対立遺伝子によって異なるDNA塩基配列の違い(DNA多型)を検出する目印のこと。単純反復配列や一塩基置換など、多型の種類と、その検出方法によって様々な種類がある。
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「あおり27」と「Eden TM」
「あおり27」は青森県産業技術センターりんご研究所で「金星」と「マヘ7」の交配から育成され、2008年に登録された品種であり、「Eden TM」はカナダの農業食糧研究センター(AAFC)で「リンダ」と「ジョナマック」の交配から1970年代に育成された品種だ。
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ホモ接合
生物は基本的に2本の染色体を対で保有する。これは生殖において父方、母方からランダムな1本を受け継いだものだ。この2本が同質であればホモ接合、異質であればヘテロ接合という。染色体の2本ともが難褐変性因子であれば褐変しにくく、どちらか1方もしくは両方が褐変性因子であれば褐変しやすくなる。
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発表論文
Kunihisa M, Hayashi T, Hatsuyama Y, Fukasawa-Akada T, Uenishi H, Matsumoto T, Kon T, Kasai S, Kudo T, Oshino H, Yamamoto T & Tazawa J. (2021) Genome-wide association study for apple flesh browning: detection, validation, and physiological roles of QTLs. Tree Genetics & Genomes 17: 11.
参考図
図1. リンゴ果肉の褐変指数(すりおろし24時間後、0:無~5:甚)
図2. 果肉褐変性に関与する3つの染色体領域(赤丸)
ポリフェノール酸化酵素の働き(黒線)およびポリフェノール成分含量(青線)に関与する領域も示した。
図3. 既存のリンゴ86品種•系統における難褐変性の遺伝子型と褐変指数
箱の中央のラインは中央値を、バツ印は平均値を示す。
図4. 「あおり27」×「シナノゴールド」157個体の育種集団における難褐変性の遺伝子型と褐変指数
箱の中央のラインは中央値を、バツ印は平均値を示す。