2021.10.28(木) |
自然環境の干ばつを再現した自動潅水制御 システムを開発、地球環境変動時代の迅速な 作物開発を強力にサポート(農研機構) |
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農研機構とかずさDNA研究所、(株)テックスは、ポット底面からの給水により1ポットごとに土壌水分を任意に制御する世界初の自動
潅水
1)システムを開発した。本システムでは自然界で起こる干ばつ状態を屋内環境にて再現でき、さらに各ポットの温湿度、照度、土壌水分や地温の状態を常時監視できる。本システムを用いれば、今後予想される干ばつなどの不良環境を具現化し、将来の地球環境を見越した作物開発が可能になると期待できる。また、精密農業のためのデータ収集など、多様な活用法が考えられる。
人工気象室内に設置したiPOTsを使ったイネの栽培風景
今回、IoT技術とセンサー技術を融合させることで、屋内環境下で土壌の水環境を自動制御できるポット・システム「iPOTs(Internet of Things-based pot system controlling optional treatment of soil water condition for plant phenotyping under drought stress)」を開発した。
温暖化などによる地球規模の環境変動により、世界中の農地で干ばつや土壌の荒廃が進んでいる。国内でも今年の北海道で起こった少雨をはじめ、豪雨、高潮による作物の冠水や塩害の被害など、これまでにない厳しい栽培環境へと変わりつつある。このような激変する栽培環境に迅速に対応できる作物開発が世界中で求められている。しかし、一般的な作物開発の現場では、現在の気象•栽培環境で作物を評価するため、将来予想される栽培環境に適応した作物を迅速に開発することは難しい課題だ。
iPOTsの潅水装置は、ポット底面より自動で水を給排水することで自然環境の干ばつを再現できる世界初のシステムだ。iPOTsを用いることで、今後被害が深刻になると予想される干ばつや冠水被害を、屋内環境下における個々のポットで再現し、将来の不良環境に適応した作物をデザインすることが可能だ。
各ポットに配置された水位センサーによって、土壌水分を個別に遠隔操作で制御する。これにより、例えば干ばつや冠水に強い作物を並行して開発したい場合、隣同士のポットで干ばつと冠水状態をそれぞれ再現し作物を栽培することもできる。iPOTsの正式な製品化は現時点では未定でだが、今後他の研究者や民間企業の方に広く利用していただけるように、改良を重ね製品化を検討したいと考えている。
<関連情報>
予算 : JST戦略的創造研究推進事業「環境変動に対する植物の頑健性の解明と応用に向けた基盤技術の創出」
お問い合わせ先
研究推進責任者 : 農研機構作物研究部門所長 石本政男
かずさDNA研究所所長 田畑哲之
株式会社テックス代表取締役 箕輪秀男
研究担当者 : 同作物研究部門 作物デザイン研究領域グループ長 宇賀優作
かずさDNA研究所 先端研究開発部研究員 七夕高也
株式会社テックス 技術部長 山崎宗一
広報担当者 : 農研機構作物研究部門 研究推進部研究推進室 大槻寛
<詳細情報>
開発の社会的背景
温暖化などによる地球規模の環境変動により、世界中の農地で干ばつや土壌の荒廃が進んでいる。国内でも集中豪雨や洪水による作物の冠水被害など、これまでにない厳しい栽培環境へと変わりつつある。世界中でこのような環境変動に対応した迅速な作物開発が求められている。
近年農業分野でもドローン、カメラ、センサー技術を組み合せ、作物の生育状況を計測し、データ駆動型の作物開発に活かそうとする動きが国内外で盛んになっている。しかし、これらの研究開発の現場では、現在の気象•栽培環境で作物を評価しているため、10年、20年先に予想される不良環境などに適応した作物開発を進めることは困難だ。そこで、将来予想される不良環境を想定した作物開発の仕組が必要となる。
研究の経緯
現在の屋外環境において、将来起こる水不足や高温障害などを予想、具現化し作物の開発を進めることは困難だ。そのほかにも畑や水田などの屋外環境で作物を調査する際には以下のような問題がある。当然だが我々は自然環境をコントロールできないため、毎シーズン期待通りの気象条件で作物を調査できない。例えば作物の干ばつ耐性を屋外で評価する際、栽培期間中に雨が降ると試験にならない。また、同じほ場でも地力ムラや水はけの違いなどにより同じ品種でも均一には栽培できない。
今回、農研機構を中心としたグループはIoT技術とセンサー技術を活用し、屋内の制御環境下で作物を栽培•調査するために、1ポットごとの温湿度、照度、さらに土壌水分や地温を精密にモニタリングし、任意の土壌水分に自動制御できる遠隔操作型の潅水システム(iPOTs)を開発した。
従来、多くの研究者は干ばつに対する植物の生育を調査する際、茎葉などの地上部の変化に関心を持ち、潅水の方法が根の生育に及ぼす影響を考慮していなかった。自然環境で起こる干ばつでは地表から土壌が乾燥することから、これまで主流であった地表からの潅水による土壌水分の分布は不自然と言える。そこで、我々は土壌水位をより自然な形で制御できるように底面から潅水(かんすい)するアイデアを思いつきました。
この研究は、これまでフィールドにて干ばつ耐性試験を行ってきた農研機構と植物を計測する装置開発を得意とするかずさDNA研究所、このような装置開発に実績のある(株)テックスの3者が共同して実施した。農研機構の干ばつを再現するために必要な生物学的な観点と、かずさDNA研究所のフェノタイピングシステム開発、(株)テックスの実装技術と工学的な観点をもとに有効性と実現性の両面から有効な底面潅水のアイデアを考案した。このアイデアに基づいてかずさDNA研究所と(株)テックスによりiPOTsのプロトタイプを構築し、農研機構がiPOTsを用いて干ばつ条件が再現できているかを評価した。
研究の内容・意義
①自動底面潅水システムにより屋外の水環境を再現
②潅水チューブや点滴潅漑( かんがい)などを使い地表面から潅水する従来の方法では、潅水ムラの問題などが起きる( 図1左)。一方、底面から潅水する方法では下から均一に水が行き渡るため潅水ムラが抑制される( 図1右)。そこで、我々は底面潅水による土壌水位制御を実現するため、ポット底面に取り付けたチューブを通して受水タンクから水を供給する自動潅水システムを考案した( 図2上)。ポットにつながった受水タンク内に水位センサーを設けることでポットの水位を任意の高さに自動調整する。iPOTsの制御システムを使えば、水位を下げることで自然環境の干ばつ状態を再現できる。反対に水位を上げれば、冠水状態も作れる。このような底面からの自動潅水制御システムは世界でも例がない。
③植物を取り巻く周辺環境をリアルタイムに計測•管理
④各ポットには、温湿度センサー、照度センサー、土壌水分センサーシート(上中下の3か所)、ロッド状の地温センサー(計6か所)が各1つずつ取り付けられ、植物を取り巻く微環境をリアルタイムで計測できる( 図2下)。またiPOTsでは、離れた場所から無線LANなどにつながったPCやタブレットを使い、ポットの水位を個別に自動制御できるとともに、環境データをリアルタイムでモニタリングできる。
⑤干ばつ条件下の植物の状態をいつでも調査可能
⑥iPOTsを用いて干ばつ状態を再現し、植物が乾燥ストレスを受けたときの影響を調べた。栽培期間中一定の水位に維持した潅水区と、播種後2週目に強制排水し潅水を停止した干ばつ区で2種類のイネの生育を比較した。
最初に干ばつによる根の変化を調べた。X線CTを用いて経時的に観察した結果、干ばつ区では干ばつに弱い水稲品種では根がより浅くなり、干ばつに強い陸稲品種では根がより深くなることが分かった( 図3)。
地上部の生育についても、水稲品種は潅水区に比べ干ばつ区でより強く抑制されていた。以上のことからほ場で見られる水稲品種と陸稲品種の生育の違いを再現できており、iPOTsを用いることで屋内環境にて任意の水ストレスを再現し、作物の生育を観察できることが確認できた。ちなみに、iPOTs専用ポットに付属の土壌水分センサーシートと地温センサーは、X線に対して頑健な設計となっている。これは、地中の根の生長をX線CTにより3次元非破壊計測する際に有効だ。
今後の予定・期待
iPOTsは人工気象室や植物工場などの屋内栽培に特化した仕様で、水位センサーを利用し水環境を自動で制御できることから、365日いつでも無人で植物を栽培管理できる。iPOTsとこのような施設を組み合わせることで、10、20年後の日本の気温や水環境を想定した栽培環境の下で、いち早く作物開発を始め、将来に備えることが可能になる。
また、iPOTsを使えば、COVID-19などのパンデミック時の移動制限の際に、リモートで作物の栽培条件を制御•管理できる。さらにiPOTsと人工気象室を組み合わせて海外の不良環境を再現すれば、日本にいながら、海外の現地と同じ条件で作物開発の支援が可能だ。
同研究グループでは、迅速な作物開発をめざし、我々がこれまでに開発した作物の地上部•地下部3次元非破壊計測システム a)b)とiPOTsを一体運用することを始めた。世界に類を見ないハイスループットな屋内型作物栽培•計測プラットホームとして、干ばつに強いイネをデザインするための開発に利用している( 図4)。iPOTsの正式な製品化は現時点では未定だが、今後他の研究者や民間企業の方に広く利用していただけるように、改良を重ね製品化を検討したいと考えている。
用語の解説
潅水:作物へ水を与えること。潅水方法にはチューブを使った点滴潅漑やスプリンクラーによる散水などが挙げられる。引用文献 :
発表論文・引用文献
発表論文 :
Numajiri Y., Yoshino K., Teramoto S., Hayashi A., Nishijima R., Tanaka T., Hayashi T., Kawakatsu T., Tanabata T., Uga Y. (2021) iPOTs: Internet of Things-based pot system controlling optional treatment of soil water condition for plant phenotyping under drought stress. The Plant Journal https://doi.org/10.1111/tpj.15400
引用文献 :
a)Teramoto S., Tanabata T., Uga Y. (2021) RSAtrace3D: robust vectorization software for measuring monocot root system architecture. BMC Plant Biology, 21: 398.
<参考図>
図1. 従来の潅水法と底面潅水の違い
図2. iPOTsの特徴
ポットごとに受水タンク、照度センサー、温湿度センサー、土壌センサー類が装備されている。ポットの水位を設定すると、 受水タンクの水位は設定したポットの水位になるまで給水タンクから水が供給される。水位は受水タンク内の水位センサーのデータに基づきポットごとに制御することができる。干ばつ条件にしたい場合は、強制的に排水することができる。遠隔操作により、水位調整や計測したデータのリアルタイムでのモニタリングができる。
図3. iPOTsを用いた干ばつ試験中のイネ根系の経時的変化
iPOTsを用いて、根が浅く干ばつに弱い水稲品種(IR64)と根が深く干ばつに強い陸稲品種(Kinandang Patong)を比較栽培した。図中の黒背景の画像はX線CTを用いてポットの地中の根系を3次元再構築した結果だ。根系の可視化には、同研究グループが開発したソフトウエアを用いた a)b)。
右の画像は複数のデジタルカメラを用いて播種後28日目の地上部を3次元再構築した結果だ。潅水区はポットの底面から8cmに水位を制御し、植物が乾燥ストレスの影響を受けない条件に設定した。干ばつ区は播種後2週目に潅水を停止するとともに、ポット内の水を強制的に排水し、土壌の乾燥を誘導した。干ばつ区では土壌の乾燥に伴い陸稲品種はより下層に根を伸長したが、水稲品種は下層に根を伸長することができないことが分かる(水稲品種で1本だけ下に伸びている根は発芽後すぐに伸びる種子根。多くのイネ品種の種子根は最初に下に向かって伸長する)。干ばつ区において、根の浅い水稲品種の生育が潅水区よりも悪いことが分かる。
図4. 屋内型作物栽培•計測プラットホーム(イメージ図)
人工気象室内に設置したiPOTsを使ったイネの栽培風景
今回、IoT技術とセンサー技術を融合させることで、屋内環境下で土壌の水環境を自動制御できるポット・システム「iPOTs(Internet of Things-based pot system controlling optional treatment of soil water condition for plant phenotyping under drought stress)」を開発した。
温暖化などによる地球規模の環境変動により、世界中の農地で干ばつや土壌の荒廃が進んでいる。国内でも今年の北海道で起こった少雨をはじめ、豪雨、高潮による作物の冠水や塩害の被害など、これまでにない厳しい栽培環境へと変わりつつある。このような激変する栽培環境に迅速に対応できる作物開発が世界中で求められている。しかし、一般的な作物開発の現場では、現在の気象•栽培環境で作物を評価するため、将来予想される栽培環境に適応した作物を迅速に開発することは難しい課題だ。
iPOTsの潅水装置は、ポット底面より自動で水を給排水することで自然環境の干ばつを再現できる世界初のシステムだ。iPOTsを用いることで、今後被害が深刻になると予想される干ばつや冠水被害を、屋内環境下における個々のポットで再現し、将来の不良環境に適応した作物をデザインすることが可能だ。
各ポットに配置された水位センサーによって、土壌水分を個別に遠隔操作で制御する。これにより、例えば干ばつや冠水に強い作物を並行して開発したい場合、隣同士のポットで干ばつと冠水状態をそれぞれ再現し作物を栽培することもできる。iPOTsの正式な製品化は現時点では未定でだが、今後他の研究者や民間企業の方に広く利用していただけるように、改良を重ね製品化を検討したいと考えている。
<関連情報>
予算 : JST戦略的創造研究推進事業「環境変動に対する植物の頑健性の解明と応用に向けた基盤技術の創出」
お問い合わせ先
研究推進責任者 : 農研機構作物研究部門所長 石本政男
かずさDNA研究所所長 田畑哲之
株式会社テックス代表取締役 箕輪秀男
研究担当者 : 同作物研究部門 作物デザイン研究領域グループ長 宇賀優作
かずさDNA研究所 先端研究開発部研究員 七夕高也
株式会社テックス 技術部長 山崎宗一
広報担当者 : 農研機構作物研究部門 研究推進部研究推進室 大槻寛
<詳細情報>
開発の社会的背景
温暖化などによる地球規模の環境変動により、世界中の農地で干ばつや土壌の荒廃が進んでいる。国内でも集中豪雨や洪水による作物の冠水被害など、これまでにない厳しい栽培環境へと変わりつつある。世界中でこのような環境変動に対応した迅速な作物開発が求められている。
近年農業分野でもドローン、カメラ、センサー技術を組み合せ、作物の生育状況を計測し、データ駆動型の作物開発に活かそうとする動きが国内外で盛んになっている。しかし、これらの研究開発の現場では、現在の気象•栽培環境で作物を評価しているため、10年、20年先に予想される不良環境などに適応した作物開発を進めることは困難だ。そこで、将来予想される不良環境を想定した作物開発の仕組が必要となる。
研究の経緯
現在の屋外環境において、将来起こる水不足や高温障害などを予想、具現化し作物の開発を進めることは困難だ。そのほかにも畑や水田などの屋外環境で作物を調査する際には以下のような問題がある。当然だが我々は自然環境をコントロールできないため、毎シーズン期待通りの気象条件で作物を調査できない。例えば作物の干ばつ耐性を屋外で評価する際、栽培期間中に雨が降ると試験にならない。また、同じほ場でも地力ムラや水はけの違いなどにより同じ品種でも均一には栽培できない。
今回、農研機構を中心としたグループはIoT技術とセンサー技術を活用し、屋内の制御環境下で作物を栽培•調査するために、1ポットごとの温湿度、照度、さらに土壌水分や地温を精密にモニタリングし、任意の土壌水分に自動制御できる遠隔操作型の潅水システム(iPOTs)を開発した。
従来、多くの研究者は干ばつに対する植物の生育を調査する際、茎葉などの地上部の変化に関心を持ち、潅水の方法が根の生育に及ぼす影響を考慮していなかった。自然環境で起こる干ばつでは地表から土壌が乾燥することから、これまで主流であった地表からの潅水による土壌水分の分布は不自然と言える。そこで、我々は土壌水位をより自然な形で制御できるように底面から潅水(かんすい)するアイデアを思いつきました。
この研究は、これまでフィールドにて干ばつ耐性試験を行ってきた農研機構と植物を計測する装置開発を得意とするかずさDNA研究所、このような装置開発に実績のある(株)テックスの3者が共同して実施した。農研機構の干ばつを再現するために必要な生物学的な観点と、かずさDNA研究所のフェノタイピングシステム開発、(株)テックスの実装技術と工学的な観点をもとに有効性と実現性の両面から有効な底面潅水のアイデアを考案した。このアイデアに基づいてかずさDNA研究所と(株)テックスによりiPOTsのプロトタイプを構築し、農研機構がiPOTsを用いて干ばつ条件が再現できているかを評価した。
研究の内容・意義
①自動底面潅水システムにより屋外の水環境を再現
②潅水チューブや点滴潅漑( かんがい)などを使い地表面から潅水する従来の方法では、潅水ムラの問題などが起きる( 図1左)。一方、底面から潅水する方法では下から均一に水が行き渡るため潅水ムラが抑制される( 図1右)。そこで、我々は底面潅水による土壌水位制御を実現するため、ポット底面に取り付けたチューブを通して受水タンクから水を供給する自動潅水システムを考案した( 図2上)。ポットにつながった受水タンク内に水位センサーを設けることでポットの水位を任意の高さに自動調整する。iPOTsの制御システムを使えば、水位を下げることで自然環境の干ばつ状態を再現できる。反対に水位を上げれば、冠水状態も作れる。このような底面からの自動潅水制御システムは世界でも例がない。
③植物を取り巻く周辺環境をリアルタイムに計測•管理
④各ポットには、温湿度センサー、照度センサー、土壌水分センサーシート(上中下の3か所)、ロッド状の地温センサー(計6か所)が各1つずつ取り付けられ、植物を取り巻く微環境をリアルタイムで計測できる( 図2下)。またiPOTsでは、離れた場所から無線LANなどにつながったPCやタブレットを使い、ポットの水位を個別に自動制御できるとともに、環境データをリアルタイムでモニタリングできる。
⑤干ばつ条件下の植物の状態をいつでも調査可能
⑥iPOTsを用いて干ばつ状態を再現し、植物が乾燥ストレスを受けたときの影響を調べた。栽培期間中一定の水位に維持した潅水区と、播種後2週目に強制排水し潅水を停止した干ばつ区で2種類のイネの生育を比較した。
最初に干ばつによる根の変化を調べた。X線CTを用いて経時的に観察した結果、干ばつ区では干ばつに弱い水稲品種では根がより浅くなり、干ばつに強い陸稲品種では根がより深くなることが分かった( 図3)。
地上部の生育についても、水稲品種は潅水区に比べ干ばつ区でより強く抑制されていた。以上のことからほ場で見られる水稲品種と陸稲品種の生育の違いを再現できており、iPOTsを用いることで屋内環境にて任意の水ストレスを再現し、作物の生育を観察できることが確認できた。ちなみに、iPOTs専用ポットに付属の土壌水分センサーシートと地温センサーは、X線に対して頑健な設計となっている。これは、地中の根の生長をX線CTにより3次元非破壊計測する際に有効だ。
今後の予定・期待
iPOTsは人工気象室や植物工場などの屋内栽培に特化した仕様で、水位センサーを利用し水環境を自動で制御できることから、365日いつでも無人で植物を栽培管理できる。iPOTsとこのような施設を組み合わせることで、10、20年後の日本の気温や水環境を想定した栽培環境の下で、いち早く作物開発を始め、将来に備えることが可能になる。
また、iPOTsを使えば、COVID-19などのパンデミック時の移動制限の際に、リモートで作物の栽培条件を制御•管理できる。さらにiPOTsと人工気象室を組み合わせて海外の不良環境を再現すれば、日本にいながら、海外の現地と同じ条件で作物開発の支援が可能だ。
同研究グループでは、迅速な作物開発をめざし、我々がこれまでに開発した作物の地上部•地下部3次元非破壊計測システム a)b)とiPOTsを一体運用することを始めた。世界に類を見ないハイスループットな屋内型作物栽培•計測プラットホームとして、干ばつに強いイネをデザインするための開発に利用している( 図4)。iPOTsの正式な製品化は現時点では未定だが、今後他の研究者や民間企業の方に広く利用していただけるように、改良を重ね製品化を検討したいと考えている。
用語の解説
潅水:作物へ水を与えること。潅水方法にはチューブを使った点滴潅漑やスプリンクラーによる散水などが挙げられる。引用文献 :
発表論文・引用文献
発表論文 :
Numajiri Y., Yoshino K., Teramoto S., Hayashi A., Nishijima R., Tanaka T., Hayashi T., Kawakatsu T., Tanabata T., Uga Y. (2021) iPOTs: Internet of Things-based pot system controlling optional treatment of soil water condition for plant phenotyping under drought stress. The Plant Journal https://doi.org/10.1111/tpj.15400
引用文献 :
a)Teramoto S., Tanabata T., Uga Y. (2021) RSAtrace3D: robust vectorization software for measuring monocot root system architecture. BMC Plant Biology, 21: 398.
<参考図>
図1. 従来の潅水法と底面潅水の違い
図2. iPOTsの特徴
ポットごとに受水タンク、照度センサー、温湿度センサー、土壌センサー類が装備されている。ポットの水位を設定すると、 受水タンクの水位は設定したポットの水位になるまで給水タンクから水が供給される。水位は受水タンク内の水位センサーのデータに基づきポットごとに制御することができる。干ばつ条件にしたい場合は、強制的に排水することができる。遠隔操作により、水位調整や計測したデータのリアルタイムでのモニタリングができる。
図3. iPOTsを用いた干ばつ試験中のイネ根系の経時的変化
iPOTsを用いて、根が浅く干ばつに弱い水稲品種(IR64)と根が深く干ばつに強い陸稲品種(Kinandang Patong)を比較栽培した。図中の黒背景の画像はX線CTを用いてポットの地中の根系を3次元再構築した結果だ。根系の可視化には、同研究グループが開発したソフトウエアを用いた a)b)。
右の画像は複数のデジタルカメラを用いて播種後28日目の地上部を3次元再構築した結果だ。潅水区はポットの底面から8cmに水位を制御し、植物が乾燥ストレスの影響を受けない条件に設定した。干ばつ区は播種後2週目に潅水を停止するとともに、ポット内の水を強制的に排水し、土壌の乾燥を誘導した。干ばつ区では土壌の乾燥に伴い陸稲品種はより下層に根を伸長したが、水稲品種は下層に根を伸長することができないことが分かる(水稲品種で1本だけ下に伸びている根は発芽後すぐに伸びる種子根。多くのイネ品種の種子根は最初に下に向かって伸長する)。干ばつ区において、根の浅い水稲品種の生育が潅水区よりも悪いことが分かる。
図4. 屋内型作物栽培•計測プラットホーム(イメージ図)