2021.03.23(火)

セイヨウミツバチを夏のストレスから守る

花畑を用意し、夏季の餌不足と殺虫剤使用に

伴う被害を解消へ(農研機構)

    農研機構は養蜂場近くに花畑を用意することで、セイヨウミツバチが餌の少なくなる夏季に作物や農地周辺の雑草に訪花して起こる殺虫剤使用に伴う被害を低減できることを明らかにした。この方法は同時に夏季の餌不足も解消し、蜂蜜生産や花粉交配用ミツバチの増殖に役立つとしている。
   セイヨウミツバチは、蜂蜜生産や施設園芸作物の花粉交配に広く利用されている。しかし近年病気や餌不足、農薬曝露など多くのストレスを受け、国内外問わず飼育が困難になっている。わが国では、北日本を中心に水田近くの養蜂場で夏季に殺虫剤曝露の影響と思われる被害が報告されているが、夏に餌源となる花が減少することと、水田の害虫防除のタイミングが重なることで被害が大きくなると考えられている。
   そこで今回、養蜂場の近くに餌源となる花畑を用意し、セイヨウミツバチの被害軽減に役立つかを検討した。緑肥•景観作物の シロガラシ 1)の花畑を巣箱の近くに用意し、働きバチの花畑の利用(採餌)程度と死虫程度を比較した結果、花畑が多く利用された場合に、死虫数が少ないことが確認された。これはミツバチが花畑で採餌することで水田近くでの採餌が減少し、殺虫剤曝露が一因と思われる死虫数が減ったためと推定される。花畑を用意すると、害虫防除期の退避場となるだけでなく、季節的な餌不足を解消することもでき、健全な蜂群育成に役立つ。
   但し今回の試験では、セイヨウミツバチの巣箱一つに対して必要な花畑の面積は明らかにできていない。また、イネやミツバチが好む雑草の花が多く水田周辺に咲いている時でも働きバチを誘引できるのかなども検証が必要だ。
<関連情報>
予算:農研機構生物系特定産業技術研究支援センター革新的技術開発•緊急展開事業(うち経営体強化プロジェクト)「北海道における花粉交配用ミツバチの安定生産技術の開発」
問い合わせ先
研究推進責任者 : 農研機構農業環境変動研究センター所長 渡邊朋也
研究担当者 : 同生物多様性研究領域ユニット長 大久保悟
                  同北海道農業研究センター 酪農研究領域上級研究員 小路敦
                  同畜産研究部門 家畜育種繁殖研究領域上級研究員 芳山三喜雄
広報担当者 : 農研機構農業環境変動研究センター(兼本部広報専門役) 大浦典子
 
   この開発の社会的背景は、セイヨウミツバチは蜂蜜やローヤルゼリーの生産だけではなく、イチゴをはじめとする施設園芸作物の花粉交配などにも広く用いられており、国内外問わず農業生産に重要な役割を果たしている。しかし、餌源となる植物の減少や病気、農薬の使用等の農地管理の変化などの影響を受け、その飼育が年々難しくなっている。そのため、病気対策や農薬曝露の回避、養蜂場周辺の餌源確保など総合的な対策が強く求められている。
   研究の経緯は、セイヨウミツバチは餌不足や病気等の様々なストレスを受けており、ストレス要因の相互関係も蜂群を弱らせる原因となる。特に餌不足は他のストレス要因を助長することが知られており、餌不足を解消すると病気などに対して強くなることがわかっていて、農薬の影響も軽減できるといわれている。
   わが国では、北日本を中心に水田近くの養蜂場で夏季に殺虫剤曝露の影響と思われるセイヨウミツバチの死虫数増加の被害が報告されているが、これも夏に餌源となる花が減少することと、水田の害虫防除のタイミングが重なることで被害が大きくなると考えられている。
   餌となる花が夏に不足することはヨーロッパなどでも報告されていて、この時期には作物や農地内外の雑草などの花を多く訪れることがわかっている。そのため、餌不足の夏季に農地で害虫防除の殺虫剤散布が行われると曝露被害が特に大きくなってしまう。そこで今回、養蜂場の近くに餌源となる花畑を用意し、セイヨウミツバチの被害軽減に役立つかを検討した。
 
<研究の内容•意義>
1.今回の試験では、殺虫剤曝露が生じやすいと考えられる水田近傍に実験用の養蜂場(10個の巣箱)を設置し、そこから約300m離れた遊休地に緑肥•景観作物としても使われるシロガラシを栽培(0.3ha)した( 図12)。シロガラシが花をつけている間、そこにセイヨウミツバチを引きつけることで、水田の害虫防除で散布される殺虫剤の影響を減らすことができるのかを確かめる実験を行った。
2.また花畑の誘引効果と比較するために、水田で殺虫剤を散布する間(24時間)のみ巣箱を網(働きバチが通り抜けられない約2mmメッシュ程度の防風ネットを使用)で覆い、働きバチが採餌に行けなくすることで曝露しない試験も実施した。
3.導入したシロガラシを訪花した働きバチの背中に ICタグ 2)(2×3mm角、厚さ0.5mm、重さ3mg)を貼り付けて識別し、巣箱の入り口に設置したICタグの読み取り装置で、識別した働きバチの出入りを計測することで、巣箱ごとのシロガラシ利用程度を推定した( 図3)。
4.シロガラシを利用していた働きバチが多い巣箱ほど、殺虫剤散布日とその2日後までに確認できた各巣箱前の死虫数は少ない結果になり、シロガラシに働きバチを引きつけることで、殺虫剤曝露の影響を低減できることが示された( 図4)。
5.殺虫剤散布した水田周辺に飛来しないように網で覆った巣箱でも死虫は少ない結果となったが網掛けなしでシロガラシをとくに多く利用していた巣箱(巣箱番号O1やO2)のほうが、死虫数が少ない結果になった( 図4)。これは網掛けした間、餌や冷却用の水を取りに行けないため、炎天下においた巣箱が熱などのストレスを受けた可能性が示唆された。また、網掛けした4つの巣箱で比較してもシロガラシを多く利用していた箱ほど死虫数が少なかったので、シロガラシから花粉や蜜を多く収集できた巣箱ほど熱ストレスに強かったのではないかと考えられる。
6.今回の試験では、近傍の水田で殺虫剤が散布されてから半日程度遅れて巣箱前で確認できた死虫の数が増えはじめ、翌朝にピークを迎えた後、散布前と同程度の死虫数におさまった( 図5)。今回の試験では死因を特定できなかったが、殺虫剤散布後に急激に死虫数が増えたのは殺虫剤曝露の影響と判断した。
<今後の予定•期待>
   今回の試験では、セイヨウミツバチの巣箱一つに対してどのぐらいの面積の花畑を用意すれば良いかは明らかにできていない。巣箱の数だけではなく蜂群の大きさなども必要な餌量に影響するので、今後も実証試験を積み上げていく必要がある。また、今回の試験で殺虫剤が散布されたのはイネの開花期後でしたが、イネの花粉もセイヨウミツバチは集めることがわかっているので、イネが開花している時期や、ミツバチが好む雑草の花などが多く水田周辺に咲いている時でもシロガラシのような花に働きバチを誘引できるのか検証が必要だ。
   更にシロガラシ以外にも餌源として魅力的な花をつける植物があるか、それらは安価で栽培が容易か、開花期が害虫防除の必要な時期をしっかりカバーできるほど長いか等も検討が必要だ。こうした検証試験を積み上げていくことで、セイヨウミツバチを殺虫剤曝露から守り、特に夏季の餌不足を解消できる効果的な花畑の確保が進むと期待される。農薬節減栽培や有機栽培の促進とあわせて、必要な時期に花畑を用意することで健全な蜂群育成が可能となり、蜂蜜生産や花粉交配用ミツバチの増殖に貢献できる。
<用語の解説>
シロガラシ
   アブラナ科の一年生植物で、別名キクガラシや緑肥作物名としてキカラシとも呼ばれる。種子はマスタードの原料に利用されるが、畑の緑肥や景観作物としても広く使われる。成長しながら上部で盛んに枝分かれし、枝先に黄色の花が次々に咲くため、開花期が一ヶ月程度と長い。セイヨウミツバチが好んで訪花することもわかっている。
ICタグ
   無線電波を使って近距離の通信を行い、ICチップのデータを読み書きするRFID(Radio Frequency Identification)技術を利用したもので、個体識別に活用されている。ICチップに電池を内蔵しないものが多く、この種類のタグ(パッシブタグ)はデータの読み書き装置が発する電波を受け取って電力に変換してデータの送受信が可能で、今回の研究のようにミツバチの背中につけられるようなタグサイズが可能となる。
<発表論文>
Satoru Okubo, Atsushi Shoji, Kiyoshi Kimura, Nobuo Morimoto, Mikio Yoshiyama 2021. Effectiveness of floral enhancement in reducing honeybee exposure to insecticides. Applied Entomology and Zoology.
https://doi.org/10.1007/s13355-021-00727-9
 
参考図 

図1 シロガラシを訪花するミツバチ
ミツバチは花蜜や花粉を集めて回る。

図2 水田近傍の実験用の養蜂場と導入したシロガラシ栽培地の位置関係(イメージ)

図3 ICタグをつけたミツバチ(左)と巣箱の前のICタグ読取りゲート(右)
   巣箱の前に右図のようなゲートを設置して、ミツバチが巣から出入りするときに必ず図中のアクリルチューブを通るようにする。チューブ内にぶら下げた読取りアンテナの下をICタグ付きのミツバチが通過すると、アンテナにつながった読取り機に出入りが記録されるシステムだ。シロガラシに訪花した働きバチを捕まえてICタグ付けする作業は、殺虫剤散布前日までの6日間行い、全部で600匹にタグ付けした。ICタグの読み取りは、殺虫剤散布前日の日中(9時から16時)に実施した。

図4 シロガラシの利用程度と殺虫剤散布後のセイヨウミツバチの死虫数との関係
   導入したシロガラシで捕獲してICタグをつけた働きバチの数(横軸)と、近傍の水田で殺虫剤散布された日とその後2日間で確認できた巣箱周りの死虫数(縦軸)との関係。巣箱ごとのICタグ付き働きバチの数は、殺虫剤散布前日にそれぞれの巣箱にタグの読取り機を設置して計測した。
   殺虫剤散布時に水田に飛来しないよう網掛した4つの巣箱(C1からC4)を四角印で、網掛けなしの6つの巣箱(O1からO6)を丸印で示した。印横の巣箱番号は図5の番号と対応する。2つの曲線は累積死虫数とタグ付き働きバチ数の関係を網掛けありとなしの巣箱で計算したもの。網掛けのありなし、いずれの場合でも、シロガラシを多く利用している巣箱ほど累積死虫数が少なくなる右肩下がりの曲線になることがわかる。それぞれの線の上下を囲う半透明の枠は95%信頼区間を示している。

図5 養蜂場近傍の水田で殺虫剤散布された時間帯(赤矢印)前後に巣箱周りで確認できた死虫数の時間変化
   それぞれの巣箱周りで確認された死虫は、朝(8時頃)、昼(12時頃)、夕方(16時頃)の一日3回採取して、その数を数えた。左図が網掛けをしなかった6つの巣箱、右図が網掛けした4つの巣箱(青矢印で示した8月13日夜から14日夜の間に網掛け)での様子を示す。網掛けなしの巣箱(左図)では殺虫剤散布日の夕方から、とくに3つの巣箱(巣箱番号O4、O5、O6)で死虫数が増加し始めて、15日朝にピークを迎え、その後は散布前と同程度の死虫数に低下した。網掛けした4つの巣箱(右図)でも15日朝の死虫数が増えているが、これは網掛けしている間に死虫を回収できないので、その期間の死虫数が累積されているためである。