2020.06.11(木

農研機構の「世界のイネ」コアコレクションの

高精度ゲノム情報公開(研究成果)、イネの多様性を

利用した効率的育種に利用できる

  農研機構は、日本のイネ品種の改良に利用できる「世界のイネ」 コアコレクション 1) の高精度なゲノム情報を整備して公開した。さまざまな特性を持つイネ品種から有用な遺伝子を見つけやすくなり、イネの効率的な育種や研究に活用できると期待される。
<概要>
   国内で年間750万トンが生産されるイネは、日本人の主食として重要な作物であり、良質な米の安定生産を目指した品種改良が行われてきた。しかし、近年の気候変動への対応や新しい用途に向けた品種の育成には、従来の日本の品種が持つ特性だけでは対応しきれず、海外のイネ品種が持つ新しい耐病性や加工適性などの特性を積極的に取り入れることが求められる。
   そのためには世界のイネ品種が持つ有用な特性とその遺伝子を効率的に検索できるシステムが必要になっている。農研機構は世界のイネ品種が持つ多様な特性を利用するためのツールとして、これまでに世界の代表的なイネ品種をそろえた品種セット「世界のイネ」コアコレクション(略称WRC)を作成し、研究素材として種子を提供してきた。
   今回、WRCを構成するイネ69品種の高精度なゲノム情報の整備を完了し公開を開始した。この情報を用いることで、WRCのイネ品種がどのような種類の遺伝子を持っているかを容易に調べることができ、遺伝子情報に基づくイネの品種改良や研究開発をさらに加速できると期待される。 
 
   この問い合わせ先は研究推進責任者:農研機構遺伝資源センター 川口健太郎センター長、研究担当者:同遺伝資源センター 植物多様性活用チーム 江花薫子、同次世代作物開発研究センター 田中 伸裕、マシューシェントン、川原善浩、同高度解析センター 熊谷真彦、広報担当者:同遺伝資源センター 西川智太郎調整室長まで。
 
<詳細情報>
開発の社会的背景
   日本で栽培されているイネ品種の育成では、近年の温暖化等の気候変動や米の新しい用途に対応するため、従来の日本の品種にはない特性を持つ海外の品種を素材として利用する事例が増えてきている。
   しかしながら、海外の品種は日本の品種と遺伝的に大きく異なるので、国内での栽培環境に適応できない子孫が生まれる頻度が高く、目的とした特徴を備えた優良な品種を育成するのに長い年月がかかることが普通でした。
   そこで海外品種が持つ遺伝子情報をあらかじめ整理しておくことで、それを手がかりとして有用な特性を導入しやすくなり、品種が完成するまでの年限を短縮させた効率的な品種育成が進められると考えた。
   この考えに基づき農研機構では、 ジーンバンク事業 2) において保存している約4万点のイネ遺伝資源(世界中の様々なイネ品種)から、遺伝子の違い等に基づいて特徴的なイネ69品種を選び( 図1 2 )、2005年に「世界のイネ」コアコレクション(略称WRC)として公開した(https://www.gene.affrc.go.jp/databases-core_collections_wr.php)。
   WRCは少ない品種数でイネが持つ特性を効率的に発掘できる素材として、既に品種改良や植物生理学など様々な分野の研究者によって300件以上の研究で利用されている。しかし、これまでWRCを構成するイネ品種の高精度なゲノム情報が整備されておらず、WRCを研究や育種の素材として利用する際には、注目する遺伝子情報を事前に知ってから、材料を選びたいという要望が多くの利用者からあがっていた。
研究の内容•意義
   これまでも農研機構では、日本品種「日本晴」のゲノム配列を整備•公開(2004年)したのを皮切りに、「コシヒカリ」のゲノム配列の公開(2010年)など、イネ品種の遺伝子情報整備を行ってきた。また、2013年には複数の品種の遺伝子情報を表示できるゲノムブラウザTASUKEを、さらに2019年にはその性能を向上させた TASUKE+ 3) を開発している。
   WRCの遺伝子情報を求める研究者の要望を受け、農研機構では2017年にWRCを構成するイネ品種の高精度ゲノム情報の整備に着手した。これまでの技術と経験とを活かして、2020年2月にWRCを構成する69品種の高精度ゲノム情報の解読を完了し、データベースとして整備し、公開を開始することができた。
 
<研究の内容•意義>
①農研機構遺伝資源センターから配布しているWRC69品種の高精度ゲノム情報を、 次世代シークエンサー 4) を用いて解読した。コシヒカリゲノムの公開時には日本晴ゲノムの15倍のゲノム情報を整備したが、今回のWRC品種では1品種当たり平均で日本晴ゲノムの37倍とさらに大量のデータから成る精度の高いゲノム情報を整備できた。
②今回得られたWRCのゲノム情報は、「TASUKE+ for NARO Genebank World Rice Core Collection」として公開されている。このデータベースは、さまざまな品種のDNA配列の違いをゲノム全体にわたって、関連情報と併せて閲覧できるゲノムブラウザTASUKE+を用いており、各品種がどのような遺伝子を持つかを簡単に調べることができる。
URL:https://ricegenome-corecollection.dna.affrc.go.jp
③このデータベースを使うと、注目する遺伝子について複数の種類のうちのどのタイプの遺伝子( 対立遺伝子 5) )を持つかを簡単に判断でき、品種改良に必要な遺伝子を持つ品種を迅速に探すことができる。
④実際にイネを栽培しなくてもこのデータベースを利用することで、WRCの品種が持つ遺伝子情報から、その遺伝子がイネの特徴に与える効果を予測できる。例えば背の高いイネ品種を育成する場合、背を高くする遺伝子のタイプ(タイプI:背の高さに関係)を持ったWRC品種を親とすることで、目的とする特徴(背が高い)を持った子孫を効率的に得ることができる。今後、気候変動に伴って分布を広げた病原菌や害虫の被害が出始めた場合に、遺伝子情報から抵抗性の候補品種を選び出し、迅速に研究に使うことができる。
⑤このデータベースを利用することで、注目する遺伝子について、未知の遺伝子のタイプを見つけることができ、それを詳細に調べることで新たな特徴を持つ遺伝子や素材を効率的に探しだすことができる。
 
<今後の予定•期待>
   WRCはこれまでの品種育成に利用されてこなかった有用形質を秘めた素材だ。今回公開したゲノム情報を利用して、イネの新規特性の発見、遺伝子の発掘から品種改良までの一連の過程を効率的に進めることが可能になった。気候変動によって引き起こされる問題等の解決につながるような、迅速な品種改良への応用が期待できる。またこのようなデータは近年精力的に推進されている品種改良への新たなアプローチ、いわゆるスマート育種の推進にも大きく貢献すると期待される。
 
<用語の解説>
コアコレクション
   もともとのコレクション全体が持っている遺伝子の多様性を、少ない品種数でできるだけ保存できるように選んだ品種セット( 図1 )。選定する基準は様々だが、農研機構のイネコアコレクションは、栽培環境の影響を受けない来歴情報やDNAの変異に基づいて選んだ。
<ジーンバンク事業>
   農業にとって重要な遺伝資源を保存し活用するための事業。農研機構が実施しているこの事業では、様々な特性を有する遺伝資源を国内外から収集しており、現在、約23万点と世界有数の植物遺伝資源を保存している。
<TASUKE+>
   多品種の全ゲノム多型情報を遺伝子注釈情報、DNAマーカーサイト、GWASの結果など、さまざまなゲノム関連情報と並列して閲覧できるブラウザ。2019年に開発されました(Kumagai et al., https://doi.org/10.1093/dnares/dsz022)。
<次世代シークエンサー>
   比較的安価で迅速に大量のゲノム解読を行うことができるDNA配列解析機器。従来の機器に比べて大量のDNA配列情報を得ることができる。
<対立遺伝子>
   高等生物は全て遺伝子を必ずペアで持ち、親から子へ遺伝子が伝えられる時にお互いにどちらか一方が選ばれるような関係にある一連の遺伝子を対立遺伝子という。例えば、ヒトのABO式血液型ではA遺伝子、B遺伝子およびO遺伝子の3つの対立遺伝子がある。
<発表論文>
論文名:Whole-genome sequencing of the NARO World Rice Core Collection (WRC) as
    the basis for diversity and association studies
著者:Tanaka, N., Shenton, M., Kawahara Y., Kumagai M., Sakai, H., Kanamori H., Yonemaru J., Fukuoka S., Sugimoto K., Ishimoto, M., Wu, J. and Ebana, K.
掲載雑誌 Plant and Cell Physiology, pcaa019, https://doi.org/10.1093/pcp/pcaa019
 
参考図

図1コアコレクションとは
   保存している多数の遺伝資源品種から、遺伝子や特徴が似たものを整理して、できるだけ少ない品種数で、もともとの品種群に見られていた遺伝的な変異幅をカバーできる品種セットを「コアコレクション」と言う。

図2農研機構の「世界のイネ」コアコレクション(WRC)(籾)
   農研機構のジーンバンク事業で保存している約4万点のイネ遺伝資源(世界中の様々なイネ品種)から、来歴やゲノム情報に基づいて保存品種の遺伝的な変異幅を代表する69点のイネを選んで「世界のイネ」コアコレクション(WRC)を作成した。