2019.09.02(月)

地下水の年代測定を省力化する採水法

採水に要する時間を削減し、機材も簡素

軽量化(農研機構)

   地下水の年代 1) を測定するために、市販の 井戸用採水器 2) を使って省力的に地下水を採水する手法を開発した。地下水中の溶存ガスである 六フッ化硫黄 3) の濃度を指標とする 年代測定法 4) において、採水にかかる時間を最大で60~70%削減できる。また、本手法はポンプを使わないため調査機材の簡素化•軽量化が可能であり、調査者の負担軽減に貢献する。
   農村地域の地下水資源を適切に管理するためには、雨水等がどこで浸透して地下水となり、どこを流れて湧き出すかといった「場所」の情報だけでなく、地下水がどれぐらいの時間をかけて流れてきたかといった「時間」の情報も重要だ。
   農業で使われる浅層地下水や中山間地域の斜面を流れる地下水は比較的滞留時間が短い(数年~十数年程度)のが特徴で、このような若い地下水の年代測定には、六フッ化硫黄(SF 6 )を使う方法が有効。この方法で年代測定用の地下水を採水する際は、大気中の高濃度SF 6 が試料水へ溶解することを避けるため、ポンプ等を使って大気と試料水を触れさせないように採水する方法が一般的だが、採水に時間がかかるため調査の非効率化の原因となっていた。
   農研機構は今回、市販されている井戸用採水器を使った、省力的な採水法を開発した。採水にかかる時間を最大で60~70%削減できる。また、井戸用採水器と採水ロープのみを使うため、使用機材の簡素化•軽量化や、調査者の作業負担を軽減できる。なお、本手法では採水中に試料水が大気に接触するが、年代測定の精度は従来法と同程度だ。
   本手法の留意点をまとめた技術資料(PDF形式)を農研機構ホームページからダウンロード可能。本手法は農村地域の地下水資源の存在量や、中山間地域の斜面地(地すべり地等)における地下水流動状況を、効率的に把握するのに役立つという。
   省力的な採水法による六フッ化硫黄を指標とした地下水の年代測定 関連情報として、予算:農林水産省委託プロジェクト研究「極端現象の増加に係る農業水資源、土地資源及び森林の脆弱性の影響評価」科研費研究活動スタート支援2589203がある。
   この件のお問い合わせは問い合わせ先は研究推進責任者:農研機構農村工学研究部門 研究部門長の土居邦弘、研究担当者:同地域資源工学研究領域 土原健雄、広報担当者:同交流チーム長 猪井喜代まで。
 
<詳細情報>
   「省力的な採水法による六フッ化硫黄を指標とした地下水の年代測定」の開発の社会的背景と経緯について触れる。地下水の滞留時間を調べることで、地下水の循環速度等、地下水資源を適切に管理する上で重要な情報を得ることができる。
   日本の国土の70%以上を占める山地や丘陵地の斜面、浅層地下水の利用が多い農村地域では、比較的滞留時間の短い地下水(数年~十数年程度)が流れており、そのような若い地下水の年代測定調査には、地下水中に溶存する六フッ化硫黄(SF 6 )の濃度を指標にする方法が有効(2014成果情報:六フッ化硫黄を用いた中山間地域斜面における地下水の年代推定法)。この方法で地下水の年代を測定する際には、ポンプを使うことにより、採水した試料水を高濃度のSF 6 が含まれている大気( 図1 )に接触させない方法が一般的だ。しかし、そうした制約が調査の非効率化や、調査の適用範囲の制限の原因となっていた。
   そこで、農研機構は井戸用採水器( 図2 )を使って採水時間を短縮できる省力的な手法を開発した手法の内容•特徴は、開発した採水法( 図3 )は、市販されている井戸用採水器を井戸や観測孔の径に合わせて使用し、採取した地下水を地上で試料ビンへ注水する省力的な手法だ。
<特徴>
①井戸用採水器を使った採水法(省力法)は採水過程で大気に接触するものの、大気と接触させずに採取する採水法(従来法)で得られる結果と差がみられず( 図4 )、SF 6 を使った地下水の年代測定を省力化することができる。大気から試料水への溶解のモデル計算においても、本手法を用いたときの地下水のSF 6 濃度の上昇は1%未満(分析誤差の範囲内)と極めて小さいことがわかった。
②使用機材や地下水の採取深度にもよるが、1地点あたり500mL×2本の地下水を採取する場合、機材の準備も含めた採水にかかる時間は、省力法を使うことで60~70%程度削減できる( 図5 )。本手法により、従来法と同等の精度で調査コスト•作業量を低減することができる。
③井戸用採水器を使う場合、ポンプの 揚程(ようてい) 5) に伴う採水深度の制限がなくなり、深い地下水の採取も可能になる。またポンプ等を使わず、井戸用採水器と採水ロープのみを使うため、使用機材の簡素化•軽量化により、調査者の作業労力軽減や調査能率の向上も図れる。
   本手法における採水手順や留意点等の技術資料を農研機構のホームページからダウンロードできる(http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/131331.html )。
今後の予定•期待>
本手法を使った効率的な年代測定調査は、採水時に大気に触れざるを得ない湧水等へも適用可能だ。また、試料ビンの外側容器としてより容量の小さい容器を用いることで、さらに採水時間を短縮させることも可能。従来法より現場での適用性が広がることから、今後、農村地域の地下水資源の存在量の把握や地すべり地等における地下水流動状況の把握とその結果を応用した対策の検討等への活用が期待される。
 
<用語の解説>
地下水の年代 地上に降り注いだ雨が浸透して地下水となったのちに、流動して湧出するまでの経過時間であり、「滞留時間」とも呼ばれる。地下水の年代は、地下水の流れのメカニズムや循環速度を知る上で重要な情報となる。
<井戸用採水器>
ボーリングにより掘削した細い径の井戸や観測孔から採水するための容器で、地下水中に投入し引き上げることにより地下水を採取することができる。
<六フッ化硫黄>
高電圧スイッチの絶縁体や変圧器に用いられる工業用ガス。1950年代以降から現在にかけて、この大気中の濃度が上昇している。SF 6 (sulfur hexafluoride)ともいう。
<六フッ化硫黄の濃度を指標とする年代測定法>
地下水中のSF 6 濃度を大気中のSF 6 濃度へ換算し、年々増加している大気中のSF 6 濃度の履歴と比較することで、地下水の年代(滞留時間)を推定する方法。
<揚程>
ポンプが水などを汲み上げることができる高さで、吸い込み水面から吐き出し水面までの高さを指す。ポンプの性能によって揚程は異なる。
 
<参考資料>
土原健雄,奥山武彦,石田 聡,白旗克志(2018)採水方法が地下水の六フッ化硫黄濃度・地下水年代推定に及ぼす影響,地下水学会誌,60(1),pp.41-52.
農研機構2014年成果情報:六フッ化硫黄を用いた中山間地域斜面における地下水の年代推定法 URL : http://www.naro.affrc.go.jp/project/results/laboratory/nkk/2014/nkk14_s17.html
 
参考図>

図1 日本の大気中の六フッ化硫黄(SF 6 )濃度の変化図2 井戸用採水器

図2 井戸用採水器

図3 井戸用採水器を用いた採水の手順

図4 従来法と省力法で採取した地下水中のSF 6 濃度および滞留時間の比較

図5 省力法を用いた場合の採水に要する時間の短縮効果