2019.07.23(火)

養豚汚水浄化処理施設からの温室効果ガス排出を大幅削減

農家施設で実証、既存施設への炭素繊維リアクター導入で

(農研機構、岡山県農林水産総合センター畜産研究所、岡山JA畜産)

   農研機構は、岡山県農林水産総合センター、岡山JA畜産(株)と共同で、 炭素繊維リアクター 1) の導入により、養豚 汚水浄化処理 2) 施設における温室効果ガスの排出を約80%削減できることを農家施設で実証した。この技術を全国の処理施設に導入できれば、二酸化炭素換算で年間60万トンの温室効果ガス排出を削減できると試算される。本成果は温室効果ガスの排出量が少なく持続可能な畜産物の生産に寄与する。
<概要>
   地球温暖化による気候変動の影響が顕在化する中、農業においても、温暖化の主原因とされる温室効果ガスの排出削減が求められている。日本では農業由来の温室効果ガス排出量のうち、畜産由来の温室効果ガス排出量が多くを占めている。中でも堆肥化や汚水浄化など家畜排せつ物の処理・管理過程で発生する温室効果ガスが、 二酸化炭素等量 3) で年間630万トンと、農業系排出の10~15%を占めると算定されており、これらの排出を削減する技術が求められていた。
   そこで農研機構は2015年に、養豚汚水浄化処理施設からの温室効果ガス排出を大幅に削減できる炭素繊維リアクターを開発した。今回、肥育豚6,000頭規模の農家施設で本リアクターの実証試験を行い、温室効果ガスの排出(大部分が 一酸化二窒素 4) )を約80%削減できることを確認した。
   このリアクターは既存施設に導入可能で、従来の 活性汚泥処理法 5) と同等の有機物処理能力を維持しつつ、窒素除去効果の向上も期待できる。本リアクターを全国の処理施設に導入できれば温室効果ガスの排出を二酸化炭素等量で年間60万トン削減できると試算される。
   今後は実証事例を増やし、またリアクターの改良や低価格化などを進め、本技術の早期普及に取り組みとしている。
<関連情報>
   予算:農林水産省戦略的プロジェクト研究推進事業「農業分野における気候変動緩和技術の開発」特許:第6210514号
<問い合わせ先など>
研究推進責任者:農研機構畜産研究部門 研究部門長 小迫孝実
研究担当者:農研機構畜産研究部門 畜産環境研究領域 長田隆、山下恭広、岡山県農林水産総合センター畜産研究所 経営技術研究室 白石誠、岡山JA畜産(株) 石原正敬代表取締役社長
広報担当者:農研機構畜産研究部門 広報プランナー 粕谷悦子
 
<詳細情報>
開発の社会的背景
   地球温暖化は世界中の自然と社会に深刻な影響を与えると懸念されており、「 パリ協定 6) 」の元、世界全体での温暖化対策への取組が急務となっている。日本は2016年5月に「地球温暖化対策計画」を閣議決定し、温暖化の主原因とされる温室効果ガスの排出量を、2013年度比で2030年度に26%削減、2050年までに80%削減するとの目標を掲げている。2019年5月に京都で開催された 気候変動に関する政府間パネル(IPCC) 7) 総会において、温室効果ガス排出量算定方法に関する新たな改良ガイドラインが採択•公表され、排出削減の取組が加速することが期待される。
   農業においても温室効果ガスの排出削減が求められている。日本では農業由来の温室効果ガス排出量のうち、畜産由来の温室効果ガス排出量が多くを占めており、中でも堆肥化や汚水浄化など家畜排せつ物の処理•管理過程で発生する温室効果ガスが、二酸化炭素等量で年間630万トン、農業系排出の10~15%を占めると算定されており、これらの排出を抜本的に削減する技術の開発と、その早期普及が求められている。
 
<研究の経緯>
   日本の養豚で主に用いられる活性汚泥による汚水浄化処理は、他のふん尿処理法と比べ、処理される窒素あたりの温室効果ガス排出量が多いという課題があった。そこで農研機構は2015年に養豚汚水浄化処理施設からの温室効果ガス排出を大幅に削減できる炭素繊維リアクターを開発し(2015年1月16日プレスリリース「温室効果ガス発生量が少なく窒素除去効果も高い炭素繊維担体を利用した畜舎汚水浄化処理技術を開発」)、今回農家施設で本リアクターの実証試験を行った。
 
<研究の内容•意義>
①2015年に開発した炭素繊維リアクターを岡山JA畜産(株)の荒戸山SPF農場(肥育豚6,000頭規模)の汚水浄化処理施設に導入し、実際の農家施設における削減効果を検証した(汚水浄化処理施設; 図1 、炭素繊維リアクター; 図2 )。
②実証実験は2016年~2017年に行い、リアクター導入前(2016年10月~2016年11月)と導入後(2016年12月~2017年1月)を比較した。その結果、処理水中窒素量(全窒素:TN)あたりの一酸化二窒素(N 2 O-N)発生量(一酸化二窒素排出係数)は、導入前の約4%に対し、導入後は0.5%へと、大幅に削減した( 図3 )。なお浄化処理で発生する温室効果ガスには、99%以上を占める一酸化二窒素のほかに1%以下の メタン 8) も含まれるが、リアクター導入によるメタン発生量には大きな変化はなかった。
③リアクター導入前(2016年10月~2016年11月)と導入後(2016年12月~2017年1月)では処理水中に含まれる窒素量が異なるため、単純な比較はできないがこの結果から、本リアクターの導入により、既存施設の温室効果ガス発生量は1/5程度に削減できると推定された。開発したリアクターを全国の処理施設に導入できれば、温室効果ガスの排出を二酸化炭素等量で年間60万トン削減(現行排出量の年間約77万トン二酸化炭素等量から約80%削減)できると試算される。
④開発したリアクターを用いる処理方法は、従来の活性汚泥法と同等の有機物処理能力を維持しつつ、窒素除去効果の向上も期待できる。また今回使用した炭素繊維リアクター( 図2 )の制作価格は1式あたり約100万円で、この浄化施設では後段の反応槽に3式の設置で削減が可能になる。
 
<今後の予定•期待>
   現在の実証試験を継続し、さらに国内3カ所の浄化処理施設で行い、窒素除去効果を検証するとともに、リアクターの改良や低価格化などを進める。ライフサイクルアセスメントによる総合的な環境評価を行い、国際的にも認証された削減活動として日本国インベントリに掲載されるようデータを集積し普及に努める。さらに日本同様、集約的な家畜生産を行っている東アジア各国に本技術を広く周知し、各国での利用を目指す。
 
<用語の解説>
1)炭素繊維リアクター
   炭素繊維担体に汚水浄化を担う微生物を付着させて汚水を浄化する技術。炭素繊維担体を曝気槽に投入することにより、炭素繊維の表面に形成される生物膜の表層では好気的な硝化反応が起き、生物膜の深層では嫌気的な脱窒反応が起こる。アンモニウムイオンから窒素ガスへの転換がスムーズに行われることで、硝酸イオンや亜硝酸イオンが蓄積することなく処理が行われるため、過度の一酸化二窒素の放出が回避されると考えられる。

2)汚水浄化処理
   家畜の尿中には多くの肥料元素が含まれている。これらが農耕地で利用できない場合、水質汚濁を防止するために行われる汚濁物質除去のための処理だ。
3)二酸化炭素等量
   地球温暖化係数(GWP、Global Warming Potential)と呼ばれる、ある一定期間にそれぞれの温室効果ガスがおよぼす地球温暖化の影響について、二酸化炭素の影響を1としたときの係数を用いて計算した数値。現在の係数はメタンが25、一酸化二窒素は298で、それぞれのガス1gの排出がもたらす温暖化効果が、メタンなら二酸化炭素25g、一酸化二窒素であれば二酸化炭素298gの排出に相当するという意味である。
4)一酸化二窒素
   二酸化炭素の約300倍の温室効果を持つ強力な温室効果ガスであり、オゾン層破壊の原因物質でもある。化学肥料や家畜排せつ物に含まれる窒素から発生するため農業が最大の人為発生源となっており、削減が求められている。
5)活性汚泥処理法
   活性汚泥法は汚水を浄化する最も一般的な方法だ。微生物等が凝集してできたフロック状で沈降作用がある活性汚泥を利用し、これと汚水が含まれた状態で空気の吹込みによって微生物による有機物の酸化分解が起こり、汚水が浄化される手法である。この方法により汚水を処理することを活性汚泥処理という。
6)パリ協定
   京都議定書に代わる2020年以降の地球温暖化対策の国際ルール。2015年12月に採択、16年11月に発効した。産業革命前からの気温上昇を2度より十分低く抑えることを目標に掲げている。
7)気候変動に関する政府間パネル(IPCC)
   IPCCはIntergovernmental Panel on Climate Changeの略。気候変動に関する最新の科学的知見をとりまとめて評価し、提供することにより各国の気候変動対策の進展に貢献することを目的とした政府間機関である。
8)メタン
   二酸化炭素の25倍の温室効果を持つ強力な温室効果ガスであり、ウシなどの家畜や水田からの排出が大きく、廃棄物処理などからも発生する。
 
<発表論文>
Takahiro Yamashita, Makoto Shiraishi, Hiroshi Yokoyama, Akifumi Ogino, Ryoko Yamamoto-Ikemoto, Takashi Okada 2019. Evaluation of the nitrous oxide emission reduction potential of an aerobic bioreactor packed with carbon fibres for swine wastewater treatment. Energies 12:1013. https://doi.org/10.3390/en12061013 
 
Takashi Osada, Makoto Shiraishi, Teruaki Hasegawa, Hirofumi Kawahara 2017. 6 Methane, nitrous oxide and ammonia generation in full-scale swine wastewater purification facilities. Frontiers of Environmental Science & Engineering 11: 10. https://doi.org/10.1007/s11783-017-0933-7
 
参考図

図1 汚水浄化処理施設(外観と処理槽、 赤の反応槽 にリアクターを設置)

図2 炭素繊維リアクター(上:写真 下:浄化槽内設置図とガス測定) 温室効果ガスであるメタンと一酸化二窒素の測定は、標準的な手法であるチャンバー法で行った。

図3 炭素繊維リアクター導入による一酸化二窒素排出削減効果