2019.07.02(火) |
干ばつによる世界の穀物生産被害をマップ化 干ばつに対する国際的な支援や対策に役立つ 主要穀物の栽培面積の4分の3が被害を受ける |
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干ばつは世界の農業生産において最大の気象災害だ。農研機構は干ばつによる世界の穀物生産被害の地理的分布を明らかにした。過去27年間(1983-2009年)の降水量と穀物収量1)データを解析2)した結果、世界の主要穀物(トウモロコシ、コメ、ダイズ、コムギ)の栽培面積の4分の3(4億5千万ヘクタール)が干ばつによる被害を受けたことがあり、今回得られた穀物生産被害量と国別の生産者価格(2005年)から見積もった過去27年間の総生産被害額は約1,660億ドルに上った。本成果は干ばつに対する国際的な支援や対策に役立つとしおている。
その概要は気候変動にともなう極端気象の出現頻度は増加傾向にあり、世界の穀物生産への悪影響が懸念されている。極端気象の中でも、干ばつは世界の穀物生産への悪影響が最も大きいと言われている。しかしながら、干ばつによる穀物生産影響の詳細な地理的分布は不明でした。そこで農研機構は、降水量と穀物収量データを解析し、世界で初めて50kmメッシュの高解像度で、干ばつによる世界の穀物生産影響の地理的分布を明らかにした。
過去27年間(1983-2009年)に1回以上の干ばつで収量被害を受けた穀物の栽培面積は、コムギ1.61億ヘクタール(世界の収穫面積の75%)、トウモロコシ1.24億ヘクタール(同82%)、コメ1.02億ヘクタール(同62%)、ダイズ0.67億ヘクタール(同91%)であった。また、1回の干ばつによる穀物収量減少率3)は、27年間の平均でコムギ8%(ヘクタールあたり0.29トン)、トウモロコシ7%(同0.24トン)、コメ3%(同0.13トン)、ダイズ7%(同0.15トン)であった。
本成果により、過去の干ばつによる穀物生産の被害状況の把握や今後の被害量の推定が可能となり、国際的な干ばつに対する支援及び対策並びに日本の穀物の安定的な輸入•需給に役立つ。この研究成果はアメリカ気象学会誌「Journal of Applied Meteorology and Climatology」に掲載された(https://doi.org/10.1175/JAMC-D-18-0174.1)。関連情報:予算:環境研究総合推進費S-14「気候変動の緩和策と適応策の統合的戦略研究」(2015-現在)
お問い合わせ先は研究推進責任者:農研機構農業環境変動研究センター所長 渡邊朋也、 研究担当者:同気候変動対応研究領域 金元植(キム ウオンシく) 飯泉仁之直(イイズミ トシチカ)若しくは広報担当者:同企画連携室広報プランナー大浦典子まで)。
<詳細情報>
開発の社会的背景と経緯
世界の安定的な穀物生産を脅かす主な原因の一つとして挙げられる干ばつは、今後、気候変動によりその頻度と強度が増すと予測されている。干ばつによる生産被害を軽減するためには、干ばつによる穀物生産の被害量の評価とともに予測手法や対策技術の開発•普及が重要だ。特に開発途上国では、GDPに占める農業生産の割合が高い国が多いことから、これらの国における干ばつ対策は急務となっている。
国際機関や先進国が干ばつ対策資金を開発途上国などに支援する際には、これまでの干ばつによる穀物生産被害やその地理的分布についての科学的な根拠が必要となる。しかしこれまでは特定の地域と国に限定された干ばつ被害が報告されているものの、過去の干ばつによる穀物生産被害を、全世界において同じ手法で評価した例はなかった。そこで農研機構は、降水量と穀物収量のデータを統計解析することにより、50kmメッシュの高解像度で干ばつによる世界の穀物生産被害の地理的分布を初めて明らかにした。
研究の内容•意義
①干ばつによる世界の主要穀物(トウモロコシ、コメ、ダイズ、コムギ)の生産被害の地理的分布を50kmメッシュの高解像度で定量化した(図1)。過去27年間(1983-2009年)に1回以上の干ばつ被害を受けた穀物の栽培面積は、コムギ1.61億ヘクタール(世界の収穫面積の75%)、トウモロコシ1.24億ヘクタール(同82%)、コメ1.02億ヘクタール(同62%)、ダイズ0.67億ヘクタール(同91%)でした(図1)。
②1回の干ばつによる収量減少率は、27年間の平均で、コムギ8%(ヘクタールあたり0.29トン)、トウモロコシ7%(同0.24トン)、コメ3%(同0.13トン)、ダイズ7%(同0.15トン)でした。将来(2050年)に必要な穀物量を得るためには、年2.4%の収量増加率が必要(Ray et al, 2013)と言われているのと比べると、干ばつによる収量減少率は大きな数字と言える。
③干ばつによる穀物の収量減少率は、開発途上国のうち乾燥地域に位置する国で特に大きく、また、減少率には各国の経済状況が関係しており、一人あたりGDPの増加に伴って減少率が小さくなることが分かった(図2)。さらに本研究で明らかにした平年降水量と収量減少率の関係式を利用することにより、月降水量だけで干ばつによる穀物収量減少率を簡単に見積もることが可能となった。
④過去の被害状況の把握や干ばつによる穀物収量減少率の予測が可能となることにより、マップ化された情報をもとに干ばつに脆弱な地域が特定でき、干ばつに対する国際的な支援・対策の立案に役立つ。また、先立ってある地域の穀物収量減少率が分かることにより、輸入先や価格変動等を考慮することで、日本の穀物の安定的な輸入•需給にも役立つ。
⑤本成果により世界のどこでも、降水量データ(年降水量の平年値と収穫前3か月間の月別降水量)が得られれば、その地点の穀物収量被害を簡単に推定できるようになった。過去の降水量の観測値または将来の降水量の予測値から、干ばつによる穀物収量減少やその経済損失額が評価できるようになった。
今後の予定•期待
気象庁が2019年3月から、世界における標準化降水指数4)の公表を開始しており、そのようなデータを活用することで、干ばつによる世界の穀物生産被害を監視•予測できるようになる可能性がある。そうした干ばつの監視•予測が実現すれば、干ばつの影響を受けやすい国の政府や国際機関に早期警戒を促し、迅速な対応に役立つと期待される。
<用語の解説>
1)穀物収量
国際連合食糧農業機関(FAO)の国別穀物生産量と、アメリカ海洋大気庁(NOAA)の正規化植生指数(NDVI)から求めた植物総一次生産量(GPP)を用いてメッシュ化した単位面積当たりの穀物生産量だ。
2)降水量と穀物収量データの(統計)解析
各メッシュの穀物収量減少率は、月別降水量から求めた干ばつ強度5)と線形の関係を示し、その切片と傾きは当該メッシュの年降水量(平年値)の関数で表せることがわかった。この結果を用いれば、月別降水量から当該メッシュの干ばつによる穀物収量減少率を計算することができる。
3)穀物収量減少率
本研究では各メッシュの穀物収量の5年移動平均値からの偏差(%)で表す。収量が5年移動平均値を下回り、干ばつ強度が正の場合(平年に比べて降水量が少ない場合)を、干ばつによる穀物収量減少率とする。
3)標準化降水指数
標準化降水指数(SPI:Standardized Precipitation Index)は過去30年以上の月別降水量データから求めた、少雨の程度(発生頻度)を表す統計指数だ。世界気象機関(WMO)は、気象庁を含む各国の気象水文機関に対して、SPIを干ばつ評価のための指標のひとつとして用いることを推奨している(出典:気象庁ホームページ)。
3)干ばつ強度
本研究では収穫前3か月間の標準化降水指数を合計した値を干ばつ強度として新たに定義し、干ばつによる穀物生産被害の評価に用いた。
<発表論文>
Wonsik Kim, Toshichika Iizumi, Motoki Nishimori (2019) Global patterns of crop production losses associated with droughts from 1983 to 2009. Journal of Applied Meteorology and Climatology https://doi.org/10.1175/JAMC-D-18-0174.1
<参考図>
図1 干ばつによる穀物生産被害の地理的分布
過去27年間(1983-2009年)のデータから計算された、干ばつによる収量減少率の平均値。赤い色が濃いほど干ばつによる収量減少率が大きいことを示している。但し白色は作物が作られていないかデータがない地域、灰色は干ばつによる収量への影響が認められなかった地域だ。円グラフはそれぞれの収量減少率に区分された面積割合、円グラフの中心の数字はそれぞれの穀物の2000年の収穫面積を表している。
図2 干ばつによる穀物収量減少率と一人当たり国民総生産との関係
国別に評価した干ばつによる収量減少率と世界銀行による一人当たり国民総生産(GDP)を用いて解析を行った結果。図中の円は平年の年降水量が900ミリ未満の場合は赤系色で、900ミリ以上の場合は青系色で示した。補助線は年降水量が900ミリ以下の国に対する回帰線で、4種類の穀物とも、一人当たりGDPの増加にともなって収量減少率が低下することがわかる。なお、円のサイズが大きいほど、国民総生産に占める農業生産の割合が大きいことを示す。円中の国コードは国際標準化機構(ISO)の国際規格3166に従っている。